『数学の学び方・教え方』(本レビュー)2009/12/05 17:42

エルが小学校に入るにあたって、教科教育の本質というか、大まかな自分なりの方針を探ってみたいなぁと思い、『数学の学び方・教え方』と『祖国とは国語』を読んでみました。まずは、数学のほうから。

『数学の学び方・教え方』は、なんと1972年に初版の本なのですが、全然古くないです。いやむしろ、ゆとり教育で骨抜きになった教育方針以前の、割とまともな時代の真っ当な研究とも呼べるかもしれません。

まずは教科書と数学教育の歴史の概観。それから、子どもに学ばせたい順序で、量→数(四則演算)の解説になります。その先は集合と論理→空間と図形→変数と関数という章立てなんですが、現在直接の興味から少し離れるので、そこはまだ読んでいません(^-^; 具体的な教示方法というよりは、もっとも基本的な概念のとらえ方、歴史的な必然性や子どもにとって切実なポイント、そしてなんといっても一番の特色は、タイルによる概念の提示方法が示されていることです。

タイル、なつかしいなぁ。低学年の頃に使った、オレンジのぺらぺらな磁石板のタイルを思い出します。10個集まったら同じ大きさの棒状のものと交換して10の位に置く…みたいな手続きがまどろっこしくて、私自身はすぐに見捨ててしまった気がします(^-^; そのタイルの、無限とも言える可能性を感じる利用方法が随所に見られます。タイル指導をする人はすべからく、この本からその輝く可能性を読み取って、その片鱗なりを子どもに伝えていくべきなんじゃないか?とさえ思います。見直したぞ、タイル。すごいぞ、タイル。名前付けが超面倒だけど、がんばるぞ(笑)

最初のページからステキな文を引用してみます。

「(2+3の答えを出すには)たくさんのやり方があります。そのなかから、子どもにいちばん考えやすいものを選び出すことが、教育としてはまず必要なわけです。子どもにとって考えやすいばかりではなくて、その同じ考えを将来も使える---つまり発展性のある考え方をおとなが探してやるということが、教える側の任務だと思うのです。」

まずは子どもにあくまでも聞いていく。そうすれば、いちばんやさしい発展性のある考え方を、発見することができるだろう、というのです。

この時、子どもに任せる部分、観察するポイント、各やり方の発展性の評価、子どもに伝える内容、発見と教授の境目、などのバランス感覚は、まさに一期一会で、刻々と変化していきます。この微妙な変化に、のんびりとつきあうことができるのが、家庭教育ならではのよさなのかもしれないと、最近感じるようになりました。学校教育とは違った内容ややり方で構わない。学校ではなかなかそこまで手を伸ばせないけれど、本質に結びつくような切実な内容を、親子で一緒にかいま見られれば最高かもしれない。とりあえず親が用意しておいた雑多な材料を、子ども自身が選んでふるい落とす。それでいいのかな、と。

本文に戻りますと、「数」以前の基礎となる、広義の「量」概念について、ページを割いて丁寧に追っています。学び始めの子どもが持つ切実さに訴えかける(発展性を見据えた)情報もたくさんあって、それ自体がまとまって興味深い内容でした。

有名な「水道方式」も出てきます。意味と発展性を持った計算練習ということで、もっともっと評価されていいのではないか?と感じる点がたくさん。

また、小学校算数で最難関の、分数のかけ算・わり算の「意味」を、タイル方式で見事に表現したくだりは圧巻です。長年の微妙な疑問が明示されていて、スッキリしました。ぜひ、図書館でも立ち読みでも、ざっとのぞいてみてください♪

以下はホントにささやかな余談。

どうして学生時代にこの本を読んでなかったかなぁ…と多少悔やみつつ読み進んだのですが、いや、これ、読んだかもしれない、と後からなんとなく思い出してきました。しかしその時に拾った情報は、せいぜいタイル利用の有効性くらいのものだったようです。一行一行の説得力が何かの啓示のように感じられて、研究がそこへぶれてしまうのが怖かったのかもしれません。そしてわざと、認知科学という窓から、実証主義というフィルタをかけて、狭~く算数教育を眺めていたのかもしれないと。これは全く、研究というものに対する、消極的な方法論的定義でした。行き詰まったのも当然だなーと、今更ながらに敗因の分析をしてみたのでした。しかし、人間は失敗から最もよく学ぶ(はず)!

今の私には、目の前に、生活する子どもがいる。その子どもの目線を借りてこの本を読むと、なんとも、地に足のついた正確な記述がたくさんあり、早速試してみたくなるような工夫もざっくざくです。けれど、これはこの先数年分の情報なので、はやる気持ちを抑えつつ、ネタだけはしっかり仕込んでおき、エルがそのきっかけを自分で引っ張り出したところに、「じゃ~ん!」と鮮やかに取り出すことができたらいいなぁ…などと妄想したりして。

何度も読み返しながら、改めてもう一度、「自分が目指していたのは/いるのは、一体何だろう?」と自問しているのでありました。素晴らしい本は、そこにどっぷり浸った後でも、もう一度楽しいのですね。


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コメント

_ 尊師 ― 2009/12/06 16:53

ちょっと先回りですが…

本棚から『祖国とは国語』を引っ張り出してみたら、付箋が三箇所に
貼ってありました。

p.29のシオランに関する記述ですが、私が持っているシオランの著作は、『生誕の災厄』と『絶望のきわみで』の2冊だけで、そこには「祖国とは国語」である旨の記述は無いようなので、出典を探してみると、どうやら『告白と呪詛』のようです。

p.110、p.116にある「ビュフォンの針」問題については、wikiにも記載されていますが、尊師には全く分かりません(泣)。

_ いづみ ― 2009/12/07 10:31

>尊師どの
だいたい読んだのですが(ただいま満州の章をぼちぼちと)、こちらも情熱が冷めないうちにがんばってアップしないと(^-^;

針の話は、続編がこれまたなんともすごかったですね。誤差自体すら、ある法則に従って小さくなっていくというのを「観察」から「発見」してしまうとは。いやはや。数学ってば。

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