退院後のシナリオB2010/09/01 13:38

入院準備も一段落。さて、退院後のこともちょっと考えてみる。

以下は、あくまでも可能性の話。

シナリオAは、例のカタマリが良性だった場合。とりあえず、めでたしめでたし。経過観察として、年単位で検査がありそうです。

で、もちろんシナリオBもございます。

何らかの悪性部分が存在した場合。恐らく、抗がん剤治療をすることになるのではないか。週1ペースで点滴を4週連続+1週休む、以上が1セットで、これを何セットかやるらしい。

希望的観測では、最も軽めの予防的な意味の強い治療になるだろうとは思うのですが、確かにこれは大変そうだ。話を聞いた人は、3セットで(気持ち的に)もう病院に行けなくなったそうです。それってごくフツーな反応だと思う。

これがもし私の生活になったらどうだろう?と考えてみた。

「…まぁ、そういうこともあるのかなぁ」

じたばたしながらも、結局は引き受けてしまうようなイメージ。

もちろん、それは非常に大変だし、できれば避けて通りたい。これまでは一度も想像なんてしたことの無かった姿。

けれど、その時点での可能性として、いちばん長く生きるための一つの選択であると、たぶん納得できそうな気がする(あくまでも今のところは)。

もちろん、身体的にムリだったら、別のシナリオCという可能性もある(これは不確定要素が多すぎて、その時にならないとわからない)。

しかしどうして、そこから逃避しようと思わないんだろう?無理してる?我慢してる?もちろん、そういうところもある。

けれど、そこにはきっと、ある種の新しい経験という側面がある。その局面に立ったときの自分の気持ちを知ってみたいような、知らないままでいたいような。

日常の中の、非日常とは。非日常だと思っていたものが日常になることとは。

自分が生きていることを、ある面で、相対的に受け入れているところがあるのかもしれない。もちろん、もう70までは絶対生きるって、35のときに決めてあるし、その先もたぶん、憎まれっ子世にはばかる的にぎらぎらと存在し続けていると思うんだけど(笑)→この話はまた、ポストうつ系のどこかへ通ず。

ジェイの寝てる間に、とりあえずアップ。すみません、とらえどころの無い話で(^-^;