第6章 熟達した読み手の脳2010/10/12 22:35

【第6章 熟達した読み手の脳】

●アメリカの子どもの40パーセントは”学習不振児”

・読字発達の段階が上がると、正確さから流暢さへと歩を進めるのが難しい

・多くの子どもは、この移行を経験せずに終わる;読字障害とはほとんど無関係;

 全米読字委員会、ネーションズ・レポート・カード(学習達成度を調査する全米統一テストの結果)の報告;

 小学4年の子どもたちの30~40パーセントは、流暢な読み手になっていない

・アメリカの学校制度;最初の3年間は”読むために学び”、4年からは”学ぶために読む”

・表面化していない問題;小学3,4年になって正確には読めるようになったが(たいていの読字研究の基本的な目標)、流暢には読めない。

・発達性ディスレクシアとそれに対する取り組みに関する経験は豊富にある;しかし、もっとありふれた読字障害についての知識はほとんどない


●”流暢な解読者”から”戦略的な読み手”へ

・流暢に読解する段階にある読み手は、知識収集に努め、あらゆる情報源から学びとる態勢にある

・解読すなわち読解ではない

・この段階の目標;文章の表面下に潜む意味を探るために、単語のさまざまな用途(皮肉、意見、隠喩、視点)に関する知識を応用する能力を高めなければならない

・心理学者ウィナー;隠喩は、”子どもたちの分類スキルへの扉”を開くものであり、皮肉は、著者独特の”世界に対する姿勢”を浮かび上がらせるものである

・例;マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』の一節;皮肉、力強い表現と隠喩

・ファンタジーの世界は、具体的な認知処理の段階を卒業したばかりのこどもたちにとって、概念保持に最適な環境。

・読字発達のプロセスのこの長い段階では、文章の表層から離れて、表面下の驚きに満ちた領域の探索へと乗り出す

・読字のエキスパート、ヴァッカ;この推移を、”流暢な解読者”から”戦略的な読み手”への進歩と説明

 戦略的な読み手とは;「読む前、読んでいあいだ、読んだ後に予備知識をどのように働かせればよいか、

 文章の中で何が重要であるかをどうやって判断するか、

 情報をどのように合成するか、読んでいる間と読んだあとにどうやって推論を導き出すか、

 どのように質問するか、そして、いかにして自己モニターを行い、読解に欠陥があれば修復するかを知っている読み手」

・教育心理学者プレスリー;流暢な読解に役立つ最大の要素2つ;

 1.英語の授業以外の主要学科分野の授業における教師の明示的な指導

 2.子ども自身の読みたいという欲求

 教師と対話を行うことが、読んでいるものの核心に迫る重要な問いかけを自分に対して行う助けになる

・バリンサーとブラウンが紹介した指導法”相互教授法”;

 生徒がわからないことを質問し、内容を要約し、主要問題を特定し、明確化し、次に起こることを予測、推論することを学べるように、教師が明示的に指導する

・読解力は、それまでの読字発達における認知、言語、情動、社会、指導のあらゆる要素から生まれてくるもの

 プルーストの言う読書に没頭する”神聖な喜び”によって育まれる

・文字を読む生活が発達にとりわけ役立つのは、認識の自動性と流暢な読解力が伸びるこの時期


○皮質の旅ーー脳の経路の切り替え

・流暢に文字を読む脳は皮質の旅をする;その道すがら、解読力と理解力を高め、感受性を獲得する

・応用教育工学研究者ローズ;文字を読む脳の3つの重要な役割

 1.パターンの認識

 2.ストラテジーの計画

 3.感じること

・流暢に読解する読み手の脳画像;辺縁系(情動生活の中枢)と、それに接続する経路の活動が活発化(図6-1)

・読んだものすべてに優先順位を付け、価値を見いだすことにも、この辺縁系が一役買っている。

・幼い脳は文字と単語の認識に苦労する;背側経路(図6-2)

 この低速の経路のおかげで、単語に含まれている音素を組み立てる時間がとれる。表象すべてを”検索”する時間を余分に作れる。

・流暢に読解する読み手の脳;流暢さを獲得するにつれて、左半球のより効率のよいシステム(腹側経路または下側経路)へ切り替え;

 手間のかかる分析は不要;左半球を中心とした文字パターンと単語の表象で、より高速のシステムを賦活

・逆説的に言うなら、脳が発達して、左半球優位に移行することで、両半球は、今まで以上に意味プロセスと読解プロセスに専念できるようになる

・流暢に読解する読み手の脳は、進化した文字を読む脳の最も重要な才能を手に入れようとしている;時間である

 解読プロセスをほぼ自動化させてしまった脳は、思考と感情を別々に処理できるだけの速さを手に入れる


●熟達した読み手の脳とは?

・ヒューイの引用;人は読むときに何をしているのかを完璧に分析することこそ、心理学者の功績の極致

・2分の1秒は、熟達した読み手なら、ほとんどどんな単語でも十分読み取れる時間

・熟達した読み手が使用するプロセスの時間軸について説明(図6-3)


○500ミリ秒までの間になされること


◇最初の0ミリ秒~100ミリ秒ーー注意の神経回路網の方向付け

・すべての読字はいくつかの注意から始まる

 1.ほかから注意をそらす

 2.注意を新しい焦点(文章)に移す

 3.文字と単語に注目する

 これらを注意の神経回路の方向付けと呼ぶ。

 3つの操作はそれぞれ異なる脳領域とかかわっている(図6-4)

 解放は頭頂葉後部、移動は上丘(中脳で眼球運動を司る)、注目は視床(脳内配電盤の一部、情報の統合)

・もうひとつの回路網;注意の実行を司る神経回路網

 帯状回(両半球の前頭葉のあいだの溝の下の広い範囲);

 より前方部分は、読字特有の機能;視覚システムの注意をある文字または単語の特定の視覚的特徴に集中させる機能

 意味処理のための、情報を統合する機能

 作業記憶の用途を制御する機能

・認知科学者は、記憶をひとつの統一体と見ていない

 エピソード記憶(個人的な情報、出来事)、意味記憶(単語や事実に関する記憶)

 宣言的記憶(知識基盤に含まれている”What”を検索するシステム)、手続き的記憶(自転車の乗り方など、知識基盤に含まれている”How”を検索するシステム)

 もう一つの区別;作業記憶(作業を行うために必要な情報を一時的に保存しておく)

・熟達した読み手が文字を読む時は、作業記憶と連想記憶(印象深く、長期間覚えている情報を思い出すための記憶)を使用する。


◇50ミリ秒~150ミリ秒ーー文字の認識、セル・アセンブリとサッカードの動き

・読字学習は脳の視覚皮質を変化させる

・脳の情報処理原理;心理学者ヘッブが提唱;セル・アセンブリという概念

 個々の細胞が協調することを学ぶ(独自の”機能単位”を形成する)ことを学習するという

 使えば使うほど強固になって効率を増し、やがて入力データをほぼ瞬時に処理できる小さなニューロン回路となる

 この動作原理は、脳全体に分布する神経回路網のシステムにセル・アセンブリを結合させて、より大きな回路を構築していく脳の基本的手段

・認識の自動性に寄与するもう一つの要素;文章を追う目の動き

 中心視覚(中心窩視覚)から情報を収集しているあいだ、眼球は絶えずサッカードと呼ばれる小さな運動を続けている

 その合間にごく瞬間的に、停留と呼ばれる眼球停止状態が起こる。

 読んでいる時間の10パーセントは、戻り運動という、すでに読んだところに戻って、前の情報を拾い上げる運動に割かれる

 大人が読むときにサッカードでとらえられる文字数は8文字程度;子どもはそれより少ない

 傍中心窩領域と周辺領域でも”先読み”することができる;英語では固視の焦点から右へ14~15文字先を見ていることが確認されている

・目と脳は密接に結びついている;

 視覚と綴りの表象プロセスは50~150ミリ秒のあいだで起こる

 150~200ミリ秒までのどこかで前頭葉の実行システムと注意システムが賦活;この時、次の眼球運動に影響

 250ミリ秒の時点で、新たなサッカードを起こすか、戻り運動が必要かを判断

・眼球運動は認識の自動性にも貢献;文字群が英語として成り立ちうるパターンを構成するか?成り立ちうる単語が実在の単語か?

 150ミリ秒前後では、側頭頭頂領域(37野)が重要な役割

・デハーネとマカンドリス;読字を習得すると、この脳領域の一部のニューロンが特定の書記体系の綴りパターンを専門に扱うようになる;

 物体認識回路から進化;視覚の特殊化;

・デハーネのさらなる仮説;37野にあるニューロンの特殊化集団は、”視覚性単語形状領野”になる

 本当の単語を形成するものか否かを150ミリ秒前後で判断できるようになる

・英国の認知神経学者はさらに複雑なシナリオ;37野が単語の形状に関する情報を意識にのぼらせるより先に、前頭野は文字情報を音素にマッピング

 熟達した読字の最初のプロセスがほぼ同時に起こっている


◇100ミリ秒~200ミリ秒ーー文字と音、綴りと音素の接続

・書記素と音素の対応の規則を理解することがアルファベットの原理の根本

・ポルトガルの研究者;リテラシーが脳に大きな違い

 学校に通うチャンスが得られなかった群と、後に苦労してある程度のリテラシーを獲得した群を比較

 行動学的、認知・言語学的、神経学的な差

 リテラシー獲得が、単語は音によって構成されていること、音は分解してして並べ替えられることを理解することに役立つ

 60代に入ってから脳スキャン;さらに大きな相違;

 読み書きできない群は、言語課題を、前頭葉の脳領域で処理(記憶して解決しなければならない問題を扱う場合のように)

 読み書きできる被験者群は側頭葉の言語野を使用

 同じような育ち方をしても、リテラシーを獲したか否かによって、脳内の言語処理の仕方に著しい差

・読字の特殊な音韻スキル;

 (英語の)読字初心者は、文字の音素表象を組み立て、それを融合させて単語にすることを学ぶのに四苦八苦する

 規則性の高い言語(ドイツ語、イタリア語など)の読み手;一貫した文字と音の対応の規則をさっさと習得、解読の過程を1年近くも短縮

 皮質が時間軸上に音韻領域をどう投入するかに影響

 規則性の高い言語を読む脳は、規則性の低い言語と比べて、側頭葉の領野に情報を伝達するのが速く、これらの領野を広範囲にわたって使用。

 規則性の低い言語でも側頭葉の領野を使用するが、単語識別専用の領野に頼りがち

 英語とフランス語では、音素と不規則語のほうに重点が置かれるために、100~200ミリ秒のあいだに視覚表象と綴り表象に関する知識が余計に必要になるためだろう。

・中国と日本の漢字の読み手にも同じ一般原則;他の言語より37野を中心とする左半球の後部側頭頭頂領域を多用するうえに、右半球の後頭領野も使用

 100~200ミリ秒のあいだの音韻領域の活動はそれほど活発ではない


◇200ミリ秒~500ミリ秒ーー意味ネットワークの活性化

・ホルコムの研究;つじつまの合わない終わり方をしている文の意味処理;読後400ミリ秒をピークとして200~600ミリ秒のあいだに電気活動のバーストが起こる

・時間軸に関する情報2つ

1.標準的な読み手は、200ミリ秒前後に意味情報の検索が行われる

2.意味が予測と食い違う場合、400ミリ秒付近で情報の追加を続ける

・単語に関する知識が確立されてくるほど、その単語を正確かつ迅速に読めるようになる

・読む速さは、単語がきっかけとなって引き出される意味知識の質と量によって大きく左右される

・未知から熟知までの、単語の知識の連続体;どこに位置するかは、頻度、熟知度、親近性効果によって決まる

・フィンランドの研究者;音韻処理と意味処理の両方にかかわっている側頭葉上部の領域は、

 知識の連続体の”確立された”ほうの端に位置する単語を読むときの方が、速く活性化する。

 意味的”隣接語”が”豊富”であるほど、そして、よく知っているということをよく承知しているほど、その単語を読む速さは速くなる

 意味ネットワークを備えていると、物理的に脳にも反映される


○意味知識と語形情報の連携

・統語プロセス;意味知識と語形情報の両方に結びつき;200~500ミリ秒の範囲ではこれらの集合システムが連携できる


○熟達した読み手では、右半球の言語システムが大活躍する

・生涯を通じて、読字の熟達度がどこまで変化するかは、何を読むか、どのように読むかによって決まる

・2作品から引用;読んだ時の注意の質と人生経験によって何を見落とし、何を異なる形で理解していた可能性があるか検討

・ジョージ・エリオット『ミドルマーチ』

 読み手が文章に持ち込むものもすべて、読解力に影響

・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

 型にはまった思い込みとは矛盾する概念の意味を理解するためには、知的な柔軟さが必要

・文章と人生経験の動的相互作用は双方向的;自分の人生経験を文章に持ち込み、文章は私たちの人生における経験を変化させる

・読字が熟達のレベルに達すると、ニューロンのレベルで変化が起こる

・認知神経科学者ジャストら;熟達した読み手が読みながら推論するとき、脳内では2段階のプロセスが進行

 1.仮説を生成(左右両半球のブローカ野周辺の前頭領野;単語が複雑な場合、側頭葉のウェルニッケ野と頭頂葉の一部、右脳とも相互作用)

 2.読み手の文章に関する知識に統合(右半球の言語関連のシステムをそっくり使用)

   解読初心者とは比べものにならないほど、右半球の言語システムが大活躍

・読字発達に終わりは存在しない

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