季節感。2009/09/05 10:01

蝉遠し 名残にのみや 耳が追う

風は涼しいが、まだ日差しはじりじりと張り付き、けれど空は日々に天まで抜けてくる。というような季節感をどう表したらよいのか?

【解答の一例】
地元スーパーで発見、丸々とふっくらしたごま鯖、1匹275円(もと1匹が2枚の切り身)。

えぇ早速2パックほどゲットして、鯖のみそ煮にしましたとも。コツは味噌を最後にそっと入れるところ。最初は、酒・しょうゆ・砂糖に水とスライス生姜を加えて鍋に入れ、煮立ったところに、小さめに切った鯖を重ねずに並べます。落としぶたをしてクツクツ煮てから、最後の仕上げに、味噌を同量のお湯で溶いて入れ、一煮立ちしたらそのまま冷まします。私は残った汁で白ねぎと豆腐を煮て添えるのが好きです。

食で大切にしたいのは季節感、と、こっそり敬愛する辰巳芳子さんも、コウケンテツさん(アラサーの韓流イケメン料理研究家)の母上(もまた、料理研究家)も、異口同音におっしゃっておりました。

わきまえの足りない私には、旬、などという言葉はほとんど粋な趣味という心持ちでありましたが、たしかに、旬は身近にあるのですね!それは誰の上にも平等にふりそそぐ。それをキャッチする姿勢があるかないかという点が、その味わいを分ける。

旬を上手に取り入れると、季節感につながります。季節感。これもさりげない技として持っていたら、いざというとき(っていつ?)にカッコイイよなー(笑)。というわけで、そのへんも普遍的リアリティー構築をめざす上で(え?そんなに大きな話だったっけ?)、一つの柱に取り入れたいなーと思ってみた。形から入る、ならぬ、カッコイイというあこがれから無謀にも入る、って感じですね。まだまだ若いな(笑)

さてこの、一主婦の日常から普遍的リアリティーを引き出すとゆー大風呂敷なんですが、またこんど。アタマとしっぽがあって胴体がないような続き方ではありますが、尾頭つきならぬ、尾頭つづき、ってことで(^-^;
お粗末さまでした~m(_ _)m

生活と、リアリティー。2009/09/04 12:20

お休みの間にこんなことも考えていました。

ブログの方向性、と書くとアウトプットに焦点がありますが、実はその発生システムのほうに興味がありまして。

自分の中で、「書く」ということを(当面はネットで走り書きレベルですが(^-^;)、どういう位置づけにしたいのか?

そこで、思い当たったのが、リアリティーということ。
リアリティーは、リアルとはちがう。
事実と真実は違うように。

自分(の属する種類)の生活、というものを、リアリティーを持った文字にする。

ノンフィクションでもなく。
ルポルタージュでもなく。
一般化でもなく。
正当化でもなく。(ってだんだん話が小さくなってきたな(^-^;)

今ここでこうやって生きている、という力を文字に落とし込む。
…と書くととてもカッコイイ(笑)

書き終わったものの処遇ばかりに目を奪われていて、これから書きたいと思うこと、をちょっと忘れていました。→反省。

ようやく、それに気づいたので、メモしてみました。→即対応。即時ならば低レベルでも可。

   *

さて、自分はどういう種類の生活をしているのか?

専業主婦・子ども二人・義両親と同居・
まずはそのへんが思い浮かびます。

その他に、経歴や性格などもあるんだろうけど。
まぁそのへんはテキトーにおいといて。

人間はえてして、他人にとってフツーであるところの日常に対する想像力というものが、予想よりも脆弱であります。もちろん私も含めて。だって自分の日常だけで精一杯だもの。誰だって。
だから、そのへんをうまーく切り取って、誰かに伝えられたら(そして、あわよくば交換できたら)、それはとても愉しい作業ではないかと思うのです。交流は、人生を深め、生活を潤す。

リアルを一緒に生きるのも楽しいけれど、また、上手に要約された違った種類の生活に触れるというのも、ワクワクするものです。

まぁ、そんなこともね。ぼちぼちと。
千里の道も、一歩から。

「サンタが街にやってくる」2008/12/24 17:58

本当に本当に推敲もままならずお目汚しではずかしいのですが、怒濤のレシピに隠れてこっそり更新。テーマは「サンタクロースという仮想の切実さ」であります。さぁ、ホントに仮想は切実なんでしょうか。


「サンタが街にやってくる」

僕は、娘へのクリスマスプレゼントを買うために、久しぶりに新宿で電車を降りた。夕方の繁華街はどこも人ごみでほこりっぽかった。もう少ししたらイルミネーションが輝き始め、人々はそれを見上げるのだろうが、今は誰もが寒風を避けるために、つま先を見つめて歩いている。

学生時代に通った道は新しい舗装に変わっていたが、周囲の建物も信号の渋滞も、以前と同じままだった。ぼんやり明るいレストランの窓辺に古くなった文字を見つけたとき、ふとその前を歩く二人を思い出した。一人は僕の親友、いや、親友だった人物だが、今ではなぜか顔も思い出せない。もう一人は、その恋人。彼女が首に巻いていた白いストールと、青みがかったピンク色の口紅。それは今もまだそこにあるみたいに鮮やかだった。彼女のまなざしの先には、親友ではなくて、この街があった。その街の中に、僕は入っているのだろうか。

彼女は、僕が親友に紹介したのだった。僕にはある事情があって(想像するまでもないが)、彼女のことをかなり気に入ってはいたのだが、いや、ほとんど憧れに近いような気持ちを持ちかけていたが、親友に紹介するということで、僕自身の立場を危うくしないことに決めたのだ。事はそのまますんなり運び…運んだように見えたが、たぶん僕一人が、あの日の帰り際に彼女のまつげに光っていた涙を忘れられないだけなんだと思う。彼女は夜空を見上げてこう言った。「これなら、また近くにいられるね」と。それから普通に電車に乗って、笑顔で手を振って帰って行った。僕はホームのベンチで、タバコ3本分考えてから、その言葉を忘れることに決めた。

そんなことを思い出しながら歩くうちに、デパートのおもちゃ売り場に着いた。そこは感傷のかけらもなく、すみずみまでが明るく光り輝く世界。あらゆる陽気な音が重なり合っている。目的の品物を探して配送の手配をし、さらに僕からのプレゼントも選んで包装してもらっている間に、さっきの続きを思い出そうとしてみたが、どうしても「そこ」には戻れなかった。彼女も今頃、家のクロゼットの一番奥に、こっそりと包みをしまっているのだろうか。そしてその中に入っているのは……。

電車に乗ると、ちょうどラッシュアワーの人混みで、包みを抱えているのが一苦労だった。しかし来年の今頃は、二つの包みを持つことになるんだぞ…と思うと、それはそれで幸せな考えと呼べそうな気がした。汗だくで悪戦苦闘しながらそれでも幸せになっている僕を、彼女はちゃんと知っていて、くすくす笑っている、という思いがふとやって来て、そして、静かに去っていった。遠くでかすかな鈴の音がした。