第5章 子どもの読み方の発達史ーー脳領域の新たな接続2010/10/11 14:59

【第5章 子どもの読み方の発達史ーー脳領域の新たな接続】

●私の”マドレーヌ”を探して

・プルースト『失われた時を求めて』は、」マドレーヌの味によってよみがえった記憶をきっかけにした物語

・筆者自身のマドレーヌは何だったろう?;本当の意味で、初めて文字を読んだ時の記憶を呼び覚ましてくれるもの


●文字を読む発達のプロセスーーそれは奇跡のような物語

・引用の3つの文章;これらの女性作家たちは、時代、場所、文化を越えて、新米の愛読家とつながる一つのテーマ;本の中に存在するパラレルワールド

・筆者の体験;本に夢中;熱心な読字指導者

・読字学習;発達のプロセスに満ちた奇跡

・初期の読字を研究すれば、文字を読むという人類が成し遂げた偉業の基盤を垣間見ることができる

 音韻の発達;単語を構成している小さな音を聞き取り、分割し、理解;文字の音の規則を把握・理解する能力に影響

 綴りの発達;書記体系がどのように音声言語を表すか;文字の特徴、一般的な文字パターン、

  ”サイト・ワード(読み方を発音と関連づけるフォニックスの規則に従っていないため、目で見て覚えるしかない単語。have, three, one など)”

  活字の視覚的側面に加えて、新しく覚えた単語の綴り方

 語意味と語用の発達;自分を取り巻く言語と文化から、単語の意味に関する知識を増やしていく;単語を認識・理解する能力が向上;スピードもアップ

 統語の発達;文の文法的な形式と構造を学ぶプロセスで、文、パラグラフ、物語を構成するための単語の使い方を理解;

  文脈の中で事象が相互にどう関係しているか

 語形の発達;単語がより小さな意味のある基語と意味の単位(形態素など)からどのように形成されるかという慣例を学ぶ;例 un-pack-ed

・こうした発達が足並みをそろえて進めば、

 単語を構成する部品の初期認識が高まり、

 解読や綴りが容易になり、

 知っている/知らない単語に対する理解力も高まる。

 書かれた文字に触れる機会が多いほど、言語全体に対する暗黙的な理解力(意識せずに獲得)と明示的な理解力(原理を説明できる)は向上。

 この点では、子どもはシュメール人に近い。

・読字研究者チャル;読字習得は秩序だった一連のステップを踏んで進む

・初期の読字は、個々の構成要素を識別することができる時期


●読字発達にかかわる5つのタイプ

・読字者のなかで起こる段階的な発達のダイナミクスの変化;暗号解読から完全な自律性を獲得した熟達した読み手まで、順を追ってまとめる

・本章&第6章で、5タイプの読み手を紹介。

 ①まだ文字を読めない子ども

 ②読字初心者

 ③解読に取り組んでいる読み手

 ④流暢に読解する読み手

 ⑤熟達した読み手

・ただし、すべての子どもが同じように進歩を遂げるわけではない


●まだ文字を読めない子ども(編注:①)

・生まれてから5年の間に、たくさんの音、単語、概念、イメージ、物語、活字との触れ合い、リテラシーの教材、普通のおしゃべりなどのすべてのものからサンプルを集め、学んでいく。

・この時期について得られる最大の洞察;読字は誰にとっても決して偶然の産物ではない


●読字初心者の段階(編注:②)

・読字初心者の課題;活字を解読し、解読したものの意味を理解することを学ぶことから始まる;

・部分的な概念から確立された概念へと移行する知識の連続体に沿って発達;

 初めて読字に取り組むときはアルファベットの原理の基礎となっている概念を一部しか理解できていない

・読字初心者にとっての最大の発見は、文字は言語の音と結びついているという概念を徐々に固めていくこと;アルファベットの原理の神髄

・次に学ぶのは、解読に適用される書記素と音素の対応に関するあらゆる規則;発見も必要だが、ほとんど努力次第

・この両方に役立つのが、3つの暗号解読能力;言語学習の1.音韻、2.綴り、3.意味の領域


○音韻・音素の認識の発達

・話し言葉の流れに含まれている大小の音の単位を聞き分け始める。;句に含まれている単語、単語に含まれている音節、単語や音節に含まれている音素

・初心者でも大きな単位を聞き分けて分割できる。やがてもっと小さな単位(音節と単語に含まれている音素)。

 この能力が、読字学習の成否を予測する最良の判断材料のひとつ

・ジュエル;小学校1,2年で単語解読を身につけるには、幼い時期の音素認識がきわめて重要

 読字能力の低い4年生の88%は、1年の時、単語読解力に難があった

 教師たちは、童謡、音を手拍子、書字、ダンスで表すゲームなどで、単語の音素に気づくのを助けている。

・音韻の融合には、個々の音を合成して、音節や単語などのより大きな単位を形成する能力が必要。;練習、読むことによって発達

・融合を理解させる取り組みは長い年月をかけて増加

 教育者キュアトン;それぞれの子どもに文字をひとつずつ割り振って整列;音が融合して単語を形成する様子を”実演”;s-a-t が sat になっていく

・2つの重要な特徴を強調すれば容易に理解

 1.頭音と呼ばれる音節の最初の音

 2.尾音と呼ばれる音節の最後の母音+子音のパターン

 まず頭音を教え、これに尾音を追加する

・読字障害児をはじめとする、多くの子どもたちの読字習得の妨げになっているのがこの融合

・読字初心者の音素認識と融合に役立つ有効な方法;”音韻レコーディング”;二部構成になっている動的プロセスのある朗読

 音声言語と書記言語の関係を強く印象づける

 独習のための”読字習得の必須条件”

・読字エキスパート、ファウンタスとピネル;朗読は、特定の子どもたちが読字の際によく使うストラテジーと、犯しやすい共通の誤りを教えてくれる。

・ビーミラー;幼い読字初心者は、短絡的で予想しやすい、3つの段階を経る傾向にある

 1.意味と統語では適切、音韻と綴りで元の単語と類似性が見られない読み違い(father を daddy)
 
 2.綴りは似ているが、意味的な妥当性がない間違い(house を horse)

 3.綴りの面でも意味の面でも妥当性のある間違い(ball を bat)

 優れた読字能力を獲得する子どもは初期の段階で足踏みせず、さっさとと通り抜けてしまう


○自動化できるようになる表象への変換

・伏せ字のダッシュ記号;視覚的慣例を丸ごと習得;

 視覚的な文字のパターンと頻繁に用いられる文字の組み合わせとを、自動化できるようになる表象に変換する必要がある。

・綴りの慣例の学習は1段階ずつ;

 単語は行の左から右へ、文字は単語の左から右へと読む

 パターンの不変性;どんな書体で書かれていても同じ文字

 英語特有の文字パターンで音を伝える独特の方法;

 大多数の単語は子どもの音韻の知識でも解読できるが、そうでないものもある;”サイト・ワード”

・綴りの発達には、何回でも活字に触れることが重要

・神経学者バーニンガーら;一般的な視覚チャンク(グループとして処理できる情報の最小単位)を綴りの表象に置き換えるためには活字に触れさせることが重要

・英語の母音;5つの母音で10以上の母音を造り出す;丸暗記する以外に、意味と形態素について学ぶのもスピードアップに役立つ。


○”虫”がスパイになれる! 読字初心者の語意味の発達

・第1章の、認知科学者スウィニーの研究;単語を読むと考えられる意味が総動員される

・語意味の発達は、フォニックス提唱者が思うより重要だが、ホール・ランゲージの提唱者が思うほど万能ではない。

・語意味の発達における、3つの関連原理(以下◇印の項3つ)

 ◇意味の理解ーー読字指導における最大の誤り

 ・単語をようやく解読した子どもを見て、読んだものを理解しているはずだと思い込んでしまうことが誤り。

 ・語彙は単語解読を容易にするとともに、スピードアップするのに役立つ。

 ◇意味を引き出す力、文脈を把握する力

 ・臨床医・言語学者ケネディ;語彙は音声言語の中で、読字学習に”無料で役立ってくれる要素”

 ・読字初心者は、教科書が難しくなってくるにつれて、部分概念に”導出(意味を引き出す)”力と、”文脈把握”力が働きかけて、たくさんの単語を確立されたカテゴリーへと移行させる。

  知っている単語のレパートリーを増やしていく。

 ◇意味の多義性への理解

 ・モーツの計算;言語的にめぐまれた環境のこどもとそうでない子どもの語彙の差は、小学1年までに約1万5千語

 ・読字初心者は、単語の表面的な意味よりはるかに多くのものを学ばなければならない。

 ・文脈によって異なる単語のたくさんの用途と機能についても、豊富な知識と柔軟な考え方が求められる。

 ・筆者の研究コーディネーター、ゴッドヴァルト;読字障害を抱えた子どもたちの多くは、英語の単語にはひとつでいくつもの意味があると知って、ぎょっとするらしい。

 ・幼い解読者は、活字になった単語も、ジョークやしゃれで使う話し言葉同様、複数の意味を持ちうることを悟ると、理解力を深める。

 ・単語の多義性という概念;読んだものから推論し、より多くの意味を読み取ろうという姿勢を読字初心者に植え付ける。


○読字初心者の脳ーー単語解読の基盤

・読字初心者が単語を目にしたとき、脳内で何が起こるのか(図5-1)

・子どもの読字でも、3つの脳領域が活躍

 1.後頭葉(視覚野と視覚連合野)と紡錘状回;左右両半球の活動も、大人より活発。;上達につれ認知処理の負担が小さくなる

 2.側頭葉と頭頂葉のさまざまな領域;左右両半球にまたがるが、左半球のほうが幾分活発;

   特筆すべきが、角回と縁上回;音韻処理、視覚処理、綴り処理、意味処理の統合

   側頭葉のウェルニッケ野;言語理解の中枢

 3.前頭葉の一部、ブローカ野;左半球の重要な言語野

   小脳(読字に必要な運動スキルと言語スキルのタイミングと精度の調整)と視床(脳の5層すべてを中継)

・元々は他の機能のために設計された脳領域が、スピードアップしながら情報のやりとりを行うことを学ぶにつれて、新しい接続を生み出していく能力が脳には初めから備わっている。

・これらの3つのニューロン分布域は、読字発達のすべての段階を通して、基本的な単語解読の基盤となる。


●”解読に取り組んでいる読み手”の段階(編注:③)

・解読に取り組む読み手と読字初心者の違い;

 ポツリポツリト口ごもる読み方から、スラスラと、より滑らかで自信に満ちた読み手の声。

・韻律要素に対する注意力、理解するためにかける時間が長くなる


○”サイト・チャンク”と”サイト・ワード”が重要

・半流暢な段階では、解読できる単語を最低3000語は増やさなければならない。;一般的な文字パターンでは間に合わない

・母音をベースとした尾音と母音の対のやっかいなバージョンを覚える必要がある;例”ea”の多彩な発音

・単語全体の文脈の中で文字パターンについて考えれば、正規の規則に気づく

・半流暢な、解読に取り組んでいる読み手の段階では、入門レベル以上の単語を構成する文字パターンと母音の対の”サイト・チャンク(視覚的チャンク)”の豊富なレパートリーを獲得することが不可欠


○”解読”から、”流暢な読み”の段階へ(編注:④)

・2通りの小児期のシナリオを書き換えることができるのがこの段階。

・語彙の豊かな子ども;単語にひたすら触れること、新しい文脈から新しい単語の意味と機能とを導く方法を見つけ出すこと

・語彙が乏しい子ども;語意味と統語の発達が貧弱であることが、音声言語と書記言語に影響

 流暢な単語認識を進めるのは語彙と文法の知識;明示的な指導がほとんど行われていない

・読みと綴りの歩みを進めるたびに、単語の中に存在するものを学ぶ;語幹、語根、接頭辞、接尾辞、など。

・形態素を”サイト・チャンク”として読むことを学ぶと、識字と理解がスピードアップする。;例、一部の形態素は単語の文法的機能を変化させる

・形態音素(形態素が発音を変えるもととなる音素)についての明示的な指導はめったにない。;例、”sign”と”signature”、黙示の存在理由も。

・形態論の知識は、流暢な読解力を育むために活用されることなく終わっている補助手段のひとつ。


○与えられた情報を踏み越え、考える時間が始まる

・流暢さは速度の問題ではない。

 子どもが単語について知っている特別な知識(文字、文字パターン、意味、文法的機能、語根、活用語尾など)をすべて考えて読解する時間がとれるほど早く活用できること。

・流暢さを獲得するポイントは、(本当の意味で)読むことと、理解すること。

・自分が読んでいるものについて考えめぐらせることができるほどの速さで、音節を解読できるようになる。

・神経科学者カッティング;読解力の発達には、言語以外のスキルもいくつか寄与する

 作業記憶;情報を一時的に保存して操作する記憶システム;文字や単語に関する情報を保持するための一時的な脳内スペース;

 一時的とは、脳がその情報を概念情報と結びつけるのに十分な長さ

・読解力は、記憶などの実行プロセスや、単語に関する知識、流暢さと密接に結びついていく;相互に関連

・流暢さは読解力の向上を約束してくれるものではない;脳の実行システムが最も必要とされているところに注意を向けられる時間を延長するもの

 推論し、理解し、予測し、時には矛盾した理解を修復して、新たに意味を解釈する時間

・ホワイトの『シャーロットのおくりもの』

・”与えられた情報を踏み越える”瞬間;考える時間がここに始まる

・この発達段階の子どもは時として、もう一度読まなければならないと思い知る必要もある

 読み直すべき時を知ることは、”読解力のモニタリング”(by ロヴェット)の一部

 メタ認知能力(文章で読んだことを自分がどの程度よく理解しているか検討する能力)に関する研究;

 自分でストラテジーを変更できる能力;変更を促す教師の影響力の重要性


○感情は読解力を伸ばす

・感情の関わり;読書生活に飛び込むか、読字は他の目標に到達するための手段でしかないか、を分ける

・小児期の読解力の発達には、感じ、確認し、その過程でより完全に理解し、ページをめくるのがもどかしくなるといったことが、読解力を伸ばす。

・十分解読できる段階から、流暢に解読する段階へと移行する子どもには、さらに難しい読字教材に挑戦する意欲を起こさせる、先生や親の心からの励ましが必要

・感情の次元には別の一面もある;物語や本に完全に没入できる能力

・読書に熱中させるのも、流暢に読解する能力を育むのも、読むことによって導出される感情

第4章 読字の発達の始まりーーそれとも、始まらない?2010/10/08 10:39

【第4章 読字の発達の始まりーーそれとも、始まらない?】

●小児期を分ける二つのシナリオ

・子どもの脳は、思うよりはるかに早い時期から文字を読む準備を始める。幼児期に得た素材(知覚、概念、単語)を余すところなく活用する。

・脳の汎用読字システムを構成することになる重要な構造物すべての使い方を学ぶ途中で、人類がひらめきを得るたびに獲得してきた、書記言語に対する洞察を取り込んでいく。

・子どもが親や好きな人の朗読を聞いて過ごした時間の長さは、数年後の読字レベルを予測するよい判断材料になる。

・二つのシナリオが物語る、二つの小児期

●第一のシナリオーー早期リテラシーの大切さ

・読み聞かせるという行為を愛されているという実感と結びつける。

・『おやすみなさい、おつきさま』の魅力

・エマージェント・リテラシー(編注:エマージェントは創発と訳されることが多い)(または早期リテラシー)の長期にわたるプロセスの理想的な発端となる。

・書記言語を耳で聞くことと、愛されていると感じることの結びつきは、長いプロセスのかけがえのない基礎。


○名前の気づきと認知システムの大きな変化

・絵に対する理解力の向上。

・発達の基礎は、視覚システム(完全に機能)、注意システム(成熟まで長い道のり)、概念システム(日々飛躍的な進歩)。

・初期言語の発達の段階(識字の最も重要な前段階);同時に名前があるという重要な洞察を得る。

・ラベリングを始める。最初は自分の世話をしてくれる人々。

 すべてのものに決まった名前があると気づくのは生後18ヶ月ごろ。

・この洞察は特殊である。

 2つ以上のシステムを接続して何か新しいものを作り出すという脳の能力

 視覚、認知、言語システムからの情報を接続、統合する能力

 音声言語システムを概念システムに接続

・本の内容が大きな役割;話しかけられる機会が多いほど音声言語を理解、読み聞かせてもらう機会が多いほど言語すべてがわかりやすくなる

・音声言語と認知と書記言語の結びつき

 認知科学者ケアリー;新しい単語をどのようにして習得しているのか?;ザップ・マッピング

 2~5歳の子どもは、新しい単語を1日平均2~4語覚える。;幼児期の数年で数千語;”言語の才能”の素材

・音声言語のさまざまな要素

 音韻の発達;単語は音によって構成されているという洞察の下地

 語意味の発達;語彙の増加は意味を理解する力を向上させ、言語の成長を全面的に促す

 文法、統語の発達;複雑になる文章を理解するための下準備

 語用の発達;自然な文脈のなかでの言語の社会・文化的”規則”を汲み取って使いこなす能力;書物に出てくる状況で単語をどう使用すればよいか理解する基礎


○物語は他人を理解する能力を養う

・”言語の天才”と呼ぶにふさわしい、3歳半の女の子を想定。

 物語は、言葉と結びついている感情を伝えるものだとすでに理解

 情動の発達と読字の相互関係

・小児期に学ぶことのできる最も重要な社会的スキル、情動スキルおよび認知スキルの一つ;他人の考え方を受け入れる能力の基盤が形成される。

・ピアジェ;3~5歳は自己中心的。他者の考えを思いやる能力の発達に時間がかかる。

・ローベル『カエルくんとガマくん』;他者理解、思いやり、助け合い

・マーシャル『ジョージとマーサ』;思いやりのあるよい友達とは

・プルースト;書記言語によるコミュニケーションの神髄


○書物がもたらす豊かさ

・書物には、何度読んでも同じ、長短の単語がぎっしり詰め込まれている。

・書物には独自の表現がある;書物に用いられている特殊な語彙は、音声言語には登場しない

・平均的な5歳児の多くが獲得する語彙は1万語;主な獲得源のひとつは書物

・書物の表現に見られる統語、つまり文法的構造は、日常語と無縁。;認知の柔軟性と推論

・読字研究者ヴィクトリア・パーセル・ゲイツの研究;

 読むことのできない5歳児の2群。

 1群には、研究前の2年間、十分な読み聞かせ(週5回以上)

 課題1,誕生日などの個人的な出来事について話すこと、課題2,人形にお話の本を読んであげているふりをすること

 十分な読み聞かせ群は、書物特有の表現を多用、洗練された統語形式や長い言い回し、関係詞節;

 多用な単語の意味と統語形式を使いこなせる子どもたちは、他人の音声言語と書記言語を理解することにも長けている;読解スキルの基盤

・社会言語学者チャリティーとスカーバラの研究;

 標準英語以外の方言や言語を話す子どもたちにとっては、文法の知識が重要な役割を果たす

 文法の知識が最終的な読字習得を予測する材料になる

・書物の表現の特徴;比喩的な言葉遣い;”リテラシーの技巧”の理解

 語彙スキルだけでなく、認知的に複雑な類推の使い方も身につける

 『ひとまねこざる』;空の上から眺めると”家はおもちゃのようだし、人は人形みたい”大きさの比較や奥行きの認知を含む

・理解力の向上;”昔々”はおとぎ話が始まると告げるキュー。

 物語のタイプはせいぜい数百種;”スキーマ”を身につけるための不可欠な要素

 自己強化のスパイラル;理解しやすい物語;記憶に残る;獲得しつつあるスキーマに貢献;スキーマの発達が他の物語の理解を促す;読字に役立つ基礎知識が拡大

・シナリオ予測能力;推論スキルの発達の一助;

・就学前の読書期の準備としては、たくさんの本を読み聞かせるだけで十分?;読み聞かせは読字準備の一環にすぎない

・読字発達を予測するもうひとつの判断材料;文字を音読する能力


○対象物の命名と文字の音読

・書物の表現に慣れると、活字の視覚的な細部まで敏感に認識する能力を発達させ始める。

・活字になった単語が特定の方向に並んでいることを発見。

・文字のいくつかを識別。

・子どもは視覚的分析のレベルで学習;漢字弁別課題 

・アルファベットの各文字の、些細だが際だった特徴が情報を伝えるものであること、文字は特徴の規則的なパターンによって構成されていることを学ぶ。

 高度な知覚スキルを要求する課題

・文字の習得を容易にするのは、パターン不変性の認識のスキル;いくつかの視覚的特徴は変化しない;新しいことを学習しようとするときには、最初から不変な特徴を探す

・文字を音読しようとする子どもの最初の取り組みは、”対連合”学習の域;すぐに文字の習得が始まる

・ケアリーのいう、数字を学習するときの”ブートストラッピング”に似ている。

 10まで数えることと、”ABCの歌”が、概念上の”プレースホルダー”リストの役割

 リストにある個々の数字や文字の名前が次第に書記素の形でマッピングされていくと、文字や数字がどういう働きをするものか見えてくる。

・幼い子どもの、対象物の命名と文字の音読を比較;リテラシー獲得前後の脳の変化;

 対象物を認識して名前で呼ぶ;視覚野を言語処理の脳領域と接続するために使用するプロセス

・大人が物と文字を命名するときの脳画像;最初の数ミリ秒は37野の紡錘状回を共有;

 ひとつの仮定;初期の文字音読は、読み書きを覚える前の子どもが行う対象物の命名に似ている?

 文字を個別のパターンないしは表象として認識できるようになると、ニューロンの特殊化がどんどん進み、必要とする脳領域が減少。

 対象物の命名と、文字の音読は、脳が読み書きできるようになるために行われる再編成の最初の2章

・哲学者ベンヤミン;命名は人間の最も本質的な行為

・視覚的に提示される抽象的な文字・シンボルの名前を検索する能力は、読字の前段階であるとともに、読字レディネス(準備)がどれほどできているかを予測する判断材料

・私の研究グループが長年続けている研究;幼児期の対象物に命名する能力と、成熟してから獲得する文字音読する能力は、成長につれて残りの読字回路がいかに効率よく発達するかを予測する手がかりになるという結論

・文字音読できるようになる年齢は、子どもによっても文化によっても大きく異なる。

・文字の名称がわかりそうだと思ったら、何歳であっても、親は手を貸すべきだ

 活字環境(子どもを取り巻く環境に存在するなじみ深い単語や標識)を読むことにも同じ原理。

 読字のこの段階は、子どもの発達のおける”表語文字”の段階。概念とシンボルの関係。


○幼児にはいつから文字を読ませたらよいか?ーー早すぎると逆効果も

・早期に読み方を教えるべきか否か?

・親が子どもたちに文字を読ませようとする年齢がどんどん下がっている。

・人間の生物学的スケジュールという問題;ニューロンの軸索のミエリン化;脳の領域によって異なる。

 感覚領域、運動領域;5歳になる前にミエリン化、独立して機能

 視覚情報、言語情報、聴覚情報の主要領域(たとえば角回);5~7歳になるまでミエリンの十分な発達は見られない;男児の中には特に遅い子どももいる

・子どもの脳が読字に十分な発達を遂げる時期は、さまざまな言語で裏付けられる。

 読字研究者ゴスワミ;3種類の言語;5歳で読み方の勉強を始めさせられたヨーロッパの子どもたちの読字能力は、7歳から始めた子どもたちに比べて劣る

 4,5歳に達する前から子どもに読み方を教えようと努力しても、生物学的に時期尚早であるどころか、逆効果を招くおそれもある。

・読字レディネスには例外も付きもの。早くから読む子もいる。


○字を書き始めるきっかけーー型破りな規則

・5歳になる前には、読字教育をしなくても、発達に適した出来事が起こるはず。

 詩を書いたり、朗読を聞いたり;音素を聞き取る(そして分割する)能力を高める。

・見よう見まねで文字を書く;落書きの”アート”;自分の名前にふくまれている文字に活字という概念を持ち始めた様子;独創的に使って綴る他の文字

・文字は単語に含まれている音に対応する;ひとつの文字が表す音と文字の名前は同じではない(編注:英語の例);これまで見落とされていた概念

・4歳と5歳の未就学児;シンボルによる表象を学ぶ

 活字になった文字は話し言葉を表すもの;話し言葉は音によって構成されている;文字はそれらの音を伝えるもの

 この認識が書字を始めるきっかけ

・彼らは自分の書いたものを読めるのか?;たいていは四苦八苦する;読むつもりはある。


○音素の認識と賢いマザー・グースーー音楽的トレーニングの可能性

・幼い子どもたちは、同じ音の単位でも、大人のようには認識しない。

・文の中のひとつの単語を認識;単語の音節を把握;単語に含まれる音素を分割

・個々の音と音素を認識するのは、読み書きの修得の重要な要素であり副産物である

・言語音の認識;アルファベットの最も大きな効用;後の読字習得の達成度を予測するための2大判断材料の片方

・もう一つの判断材料は、早く音読できるようになること

・書字のほかに、音素の認識を発達させるための一助;マザー・グース

 頭韻、脚韻、反復など。

・ペアになった音を聞き分けるようになると、単語の内部構造をさらに小さな構成要素に分割し始める。

 頭音と尾音を聞き分ける。

・ブラッドリーとブライアントの研究;

 未就学児4群;2群は4歳の時から頭韻音と脚韻音に重点を置いた訓練プログラムを受けていた;うち1群はマッチしていた文字を目で見て確かめさせた

 数年後に全員をテスト。訓練を受けた子どもの音素認識力が群を抜いて発達;読字を易々と習得;視覚的に確認した群は最高のできばえ

 ”言語の才能”の育成は、童謡の詩でもおこる

・発達の表面下では何が起こっている?

 可能な限り最も楽な方法;頭韻と脚韻に注意を払い、音を分類する方法によって、分析的にとらえる;音をマッチする文字(視覚的表象)と結びつける

 脚韻の旋律、リズム、韻律を聞くために用いるスキルが”音素認識スキル”を伸ばす

・言語の音韻的側面の発達についての研究

 言葉のやりとり、ジョーク、歌に含まれている脚韻、頭音および尾音と計画的に戯れさせることが、子どもの読字レディネスに大きく貢献

・リズムパターンの生成などの音楽的トレーニング自体も、音素認識をはじめとする読字発達の前段階の向上に役立つ可能性

 リズムと旋律と脚韻をベースにした早期読字教育への取り組みを考案したい


○幼稚園は読字の前段階を統合する場所

・幼稚園で読字の前段階の統合

・ここ数年で、音素認識スキルの発達を促す系統だった手段が広く利用できるようになった。;一見単純

 子どもが難しい言語の概念を学習するには役に立つ。概念は3つ。

 1.音とシンボルのあいだには1対1の対応が存在する

 2.文字には名称がある上に、個々の文字は一つの音または一群の音を表している。

   逆に、個々の音は一つの文字、ないしは複数の文字によって表される。

 3.単語は音と音節に分割できる

・読字研究者モーツ;これら3つの原理を、読字教育と、融合をはじめとする初期読字スキルの発達に盛り込むことが重要


●第二のシナリオーー恵まれない読字環境

・環境との豊かな相互作用があればこそ、認知スキル、言語スキル、知覚スキル、社会的スキル、情動スキルが最も大きく伸びる。

・文字に触れる機会が少ない子、他の文化圏から移り住んできた子、他の子と違う反応の子はどうだろうか。


○語彙の貧困と”夕食時の語らい”

・リテラシーの経験がほとんどない環境で育った子どもたちは、小学校の低学年になった時には、すでに遅れを取り戻そうとしている状況にある。

・リズリーとハートの研究;貧しい言語環境で育った子どもの中には、5歳までに話しかけられる単語の数が中産階級の平均的な子どもより3200万語も少ない子どももいる。

・3歳で口にする単語の数を調べた研究;貧しい言語環境の子どもが使う単語の数は、恵まれた環境にある子どもの半分にも満たない。

・家庭にある本の数の研究;種類は関係ない;恵まれない層は1冊もない;低所得~中間所得層は平均3冊;裕福な家の層は200冊

・心理学者ビーミラー;幼児の語彙レベルの低さがもたらす影響を研究;

 入園時の語彙レベルが最下位4分の1の子ども;小学校6年までには、平均的な子どもとの語彙と読解力の差は、ほぼ丸3学年分にも広がる。

 語彙発達とその後の読解力とが相関している

・平均的な家庭は、言語の正常な発達に必要なものを何でも子どもに与える機会が十分にある場所。

・教育学者スノーたち;リテラシーのスキルの初期の発達の研究;

 リテラシーの教材と並んで、後の読字に大きく寄与するもののひとつ;”夕食時の団らん”に費やす時間の長さ

・初期の言語発達で大事なこと;ただ話しかけること、読み聞かせること、子どもの言葉に耳を傾けること

 多くの家庭においては(経済的に恵まれているか否かにかかわらず)子どもが5歳になるまでに、この3つの基本的な要素さえ十分な時間をかけられないというのが現実

・関係各者が協調して取り組めば、比較的小さな努力でも、就学前の数年間を”戦場”ではなく、言語発達の可能性を秘めた豊かなものにすることができる。

 一連の予防接種、”夕食時の語らい”に関する説明、本の無料配布、など。

 幼稚園に入る前のすべての子どもたちの均等な機会は、実現が難しいものであってはならない。


○中耳炎が言語発達に及ぼす影響

・均等な機会の大きな障害になっているもののひとつ;幼児の中耳炎;小児科で最も多く見られる疾患

・毎日2~4語を習得している幼児が中耳炎の治療を受けていなかったらどうなるか?;認知の混乱;語彙習得に時間がかかる

・中耳炎を治療せずに放置すると、語彙の発達と音韻の認識という、識字の最も大切な前段階のうちの2つに影響がおよぶ。;読字障害になる可能性が高い

・中耳炎は、一時的な不快感よりも深刻な結果をもたらす


○バイリンガルな脳と外国語学習への準備

・入学と同時に英語を学ばせようとすることがもたらす影響

・バイリンガル能力と二言語学習の重要な原則3つ

 1.母国語の概念や単語に関する知識があって英語を学ぶ者;第二言語(外国語)として”学校で習う”英語に知識を応用する術を身につけやすい

   母国語を習得する環境に恵まれていない子どもたち;母国語はもちろん、第二言語のための認知の基盤も言語の基盤も持ち合わせていない

 2.英語の読み方を学ぶ上で、英語という言語の発達の質以上に大切なことはない;

   英語は初めてという状態で入学してくる子どもたちは、音素そのものを知らない。

 3.バイリンガルになる年齢;早ければ早いほど、音声言語と書記言語の発達にとって有利(3歳前)

・しかし、二言語学習に付きものの複雑な問題もある;自尊感情、文化社会の一員としての立場、子どもが自覚する有能感、読字に及ぼす影響

・母国語を習得できる環境にあった子どもは、なじみ深い単語や概念を第二言語のそれと結びつけるのに役立つ。

 そうでない子どもの場合、入学と同時に第二言語を学ぶとなると、認知・社会・文化面の影響に押しつぶされてしまうことになりかねない。

・それぞれの子どもに適した指導に地域ぐるみで取り組む。

 いかなる言語でも、読字は成長につれて発達していく。

 一人一人の子どもたちを育む準備を整えなければならない。

第3章 アルファベットの誕生とソクラテスの主張2010/10/07 11:37

【第3章 アルファベットの誕生とソクラテスの主張】

●初期アルファベットとその特徴

・エジプトで、最古のアルファベットより数世紀さかのぼる不思議な碑文(ワディ・エル・ホル文字)を発見。

エジプト語の原型である、文字数の少ない書記体系と、ウガリット文字をつなぐもの?

→最古のアルファベット文字?

・ワディ・エル・ホル文字での脳の順応に対する疑問。

 1.アルファベットを構成する要素は?音節文字やロゴシラバリーと分かれた理由は?

 2.アルファベットを読む脳は、特有の重要な知的資源というものが存在する?

・その他の、最古のアルファベット候補

 ワディ・エル・ホルより少し後のウガリット語の書記体系(音節文字とアルファベットの両方に分類)

 ウガリット王国(シリア沿岸):交易で栄えた。書記資料を遺した。

 書記体系に含まれるシンボル数の減少(30の記号)による書字の簡素化。

 独立した子音記号が<隣接する母音を区別する子音記号と組み合わせて用いられた。

 ヘブライ語の聖書の表記に、ウガリットの音声言語と書記言語が影響。

 ”アベセダリー”(文字に一定の順序リストがある書記体系)の利用。 

 紀元前2000年紀の原カナン文字は、ウガリット文字のアベセダリーと同じ文字順序→フェニキア文字の子音体系→ギリシャ語のアルファベット

 文字を一定の順序で習得させる、画一化された初期の教育制度のようなものが存在。

 紀元前1200年頃、ウガリッドは侵略者によって破壊された。書記体系も終焉。

・アルファベットの創始

 トーマス・マンの、聖書にヒントを得た短編

 何語を話す人でも自分の言葉で読めるような、普遍的な書記体系を考案しなければならない。

・書字における第3のひらめき;限られた数の記号でひとつの言語の音を余すことなく伝達できる書記体系の発達

・書記体系の記号数の減少→認知の効率化と記憶と労力の削減

・認知の効率性;脳が備えている第3の特徴;特殊化した脳領域で自動的と言える速さでの認知を実現できる能力

 効率のよい文字を読む脳は、思考に割く時間を長くとれた

 
●アルファベットの成り立ち

・アルファベットの主要な条件;古典学者エリック・ハヴロックの3つの基準

 1.文字の数が限定(理想は20~30)

 2.最小の音の単位を伝えうる文字を網羅

 3.個々の音素と、個々の視覚的記号または文字の完全対応

 ギリシャ・アルファベット以前はこれらの条件を満たしていない
 
 アルファベットはすべての書字の頂点に位置する

・言語学者と古代言語学者の意見は異なる。

 聞き分けられる最小の音の区分を表すことのできる書記体系は、すべてアルファベットとみなすことができる。

 ウガリット文字やワディ・エル・ホル文字も初期のアルファベットの一形態。

→「最初」の存在については、全面的な見解の一致が得られていない。

 ○口承文化とギリシャ・アルファベットの誕生

・古代ミノア文明の中心地から発掘された、解読不能な文字。

 線文字A:古いクレタ文字の特徴

 線文字B:解読不能

 1936年、線文字Bを解読;当時のギリシャの話し言葉をおおざっぱに書き記したもの

 線文字B;紀元前15世紀~12か11世紀の間に消失。記録が残っていない。口承文化が隆盛。

 紀元前8世紀のホメーロスの作品。ギリシャ市民の語形成能力の発達に貢献。

 叙事詩は暗記向き。定型句が記憶術と結びついた。

 ギリシャ人の驚異的な記憶力;口承文化と記憶に大きな価値を見いだしていたから

 記憶のような生得と思われる認知プロセスの発達に、文化が重大な影響。

 アルファベットは、音声言語を補助する役割

 ○フェネキア語の娘か妹か?

・古代ギリシャ人は、アルファベットをフェニキア語と呼んでいた。

・フェニキア人は、自分たちの文字の基礎を原カナン文字としていた。

 →系統は確認されていない。

第1の解釈:ヨーゼス・トロッパーの”標準的な説”

 ギリシャ・アルファベットは、フェニキア文字から生じた。

 フェニキア文字の前身は、ウガリット文字または原カナン文字。

 原カナン文字は、エジプト語の小規模な子音体系の文字。

第2の解釈:カール・トーマス・ツァウツィッヒ

 ギリシャ文字はフェニキア文字の娘でなく”妹”、同じセム語系の言語を母としている

 ギリシャ文字は、フェニキア文字よりもはるかに、エジプト語の筆記体に似ているから。

・神話では、アルファベットは、カドモス(テーバイの伝説の創健者)によってギリシャにもたらされた。


●アルファベットを読む脳は、優れているのか?

 アルファベットこそ、あらゆる書字の頂点に立つものであるとする、3つの主張

1.効率性に優れている

2.斬新な思考を促進する

3.読字初心者の言語音に対する意識が高まるので、容易に習得できる


○第一の主張ーーアルファベットは効率性であらゆる書記体系を凌いでいる

・効率性:流暢に理解しつつ、迅速に読める書記体系

・アルファベットは文字を節約してハイレベルな効率性 

・脳の検査;中国人の流暢さ;効率性はアルファベット識字者だけの専売特許ではない。

・3タイプの文字を読む脳;効率性が異なる

1.アルファベット;左半球の後頭領域の特殊化した領域のみ

2.中国人(≒シュメール人);両半球の多数の領域を特殊化した自動プロセス

 中国語を読めなくなったが、英語は読むことができたバイリンガルの失読症の例
 
3.日本語;漢字を読むときは中国語同様、仮名のときはアルファベットに近い、前頭前野を賦活しない、音節文字である仮名の平明さと効率性

 左側頭葉後部周辺に、漢字と仮名からなる文章を読むときに活性化する皮質系がある

 もっとも複雑な読字回路の一つ

 二種類の仮名文字が音節単位である;規則性と平明性;

 視覚的な五十音図による仮名指導によって、音韻処理に、視覚ベースの代替ストラテジーがとれる。

・要約:言語によって読み手が利用する経路は異なる。日本語のように、同じ脳内でも異なる書記体系が用いられている文章を読むときは別の経路を使うことがある。

・どの言語でも効率性をきわめることはできる。

・共通する3大領域が書記体系によって使い分けられている。

1.後頭-側頭野(リテラシーのための”ニューロンのリサイクリング”の中枢がある領域);視覚のスペシャリスト

2.ブローカ野を取り巻く前頭連合野;単語の音素と意味を認知するスペシャリスト

3.上側頭葉と下部頭頂葉にまたがる多機能領域;音と意味の複数の要素の補助をする追加領域

・汎用読字システム;脳の全4つの脳葉から必要な領域を選択するシステム

・書字の進化に関する、2つの結論

1.いかなる言語でも、文字を読むことは脳全体の再編成につながる

2.流暢に理解するための経路は複数存在。すべての書記体系に共通する連続体というべき効率性を備えている。

・ウォーフなどの哲学者;言語の相違は読み手の考え方に特定の形で影響を及ぼすのではないか?

 アルファベットに関する主張との相違点;

 アルファベットが作り出すのは、優れた脳ではなくて、効率性が独特な発達を遂げたという点で、他の書記体系の脳とは異なる

 シンボル数の減少によて得られた皮質の効率性と、習得する過程で得られた発達の効率性。得られたのは速さだけ?


○第二の主張ーー斬新な思考を生み出すことにかけて、アルファベットに勝るものはない

・古典学者ハヴロックとオルソン;ギリシャ・アルファベットの効率性;口承伝統の踏襲に必要な労力から人々を解放し”斬新な思考の案出を刺激した”

・口承文化;語れること、思い出せること、創出できることに制約

・ギリシャ・アルファベットならではの功績?それとも、思考を多くの人に広める書字の本質?

・知的思考の発達を促したのは、書字そのものである。

・ロシアの心理学者ヴィゴツキー;語られた言葉と語られなかった思考を文字に置き換えるという行為が思考を説き放ち、その過程で思考自体を変化させる。

・初期言語と新しい思考との循環的な関係;生成的な関係;ギリシャ・アルファベットが書字と思考の創造的相互関係を示す最もよい例の一つ。

・アルファベット体系と音節文字がもたらした効率性の向上が、多くの人々に、読字初心者の場合はその発達の早い段階で、斬新な思考を可能にした。


○第三の主張ーーアルファベットは音声に対する意識を高め、読字の習得を促進する

・ギリシャ・アルファベットに盛り込まれた高度な言語学的洞察

 音声言語の音声の流れはすべて分析でき、個々の音に規則的に分割できるものである。

 音声知覚の近代史;省略

 フェニキア語の音素を系統的に分析;フェニキア文字と対応;

 ギリシャ語での言語音声でも同じ分析;フェニキア語の書記素を基礎とし、最終的にはギリシャ語のほぼすべての音素にギリシャ文字をひとつずつあてはめた。

 母音を表す新しい文字;方言に合うように、一部のシンボルに変更

・シュメール人:初の言語学者、サンスクリット語:文法学者、ギリシャ人:音声学者

・幼いギリシャ語の生徒には、形態素と音素の対応するほぼ完全な規則ができあがった、ほとんど完全なアルファベットが与えられた。;早く流暢なリテラシーを獲得

・ギリシャ人たちは、ギリシャ・アルファベットの教育を数世紀にわたってためらい続けた

 知識階級のギリシャ人は、高度な発達を遂げた口承文化の方が文字文化より優れていると考えたから


●ソクラテスはなぜ書き言葉の普及を非難したのか

・ソクラテス;リテラシーについて提起した疑問が、21世紀初頭の数々の問題を指し示している

・当時は口承文化から文字文化への移行;現在の文字文化からデジタルで視覚的な文化への移行

・ソクラテス;書記言語の野放し状態の普及を激しく非難

 プラトン;態度を決めかねていたが、口頭で語られた会話を文字による歴史に記録

 アリストテレス;読書の習慣

 三人は同じ学究の指導者一門

・ソクラテスと弟子たちの対話;吟味した言葉と分析に基づく思考のみが真の徳につながる道;真の徳のみが社会を正義へ、人間を神へと導きうるもの

・徹底した学習方法は、与えられた知識を丸ごと受け入れるという伝統とは異なっていた。

・元になっている思考の核心が明らかになるまで問いかけを続ける;目標は、その思考が社会の最も深遠な価値観をどこまで反映しているかを理解すること

・ソクラテスは、その教育により若者を堕落させたかどで裁判にかけられた。

・「自身と他の人々について吟味しつつ日々議論を重ねることが人間にとっては最大の善」

・ソクラテスの見解:書記言語は社会に深刻な危険をもたらすもの。3つの懸念。

 1.話し言葉と書き言葉が個人の知的生活において演じる役割は全く異なる

 2.書記言語が記憶と知識の内面化とに課する甘い要求は、悲惨な結末をもたらす

 3.音声言語が倫理性と徳の発達に担う独特の役割を熱烈に支持

 いずれの主張も、書き言葉を話し言葉に劣るものと判断


 ○第一の反対理由ーー書き言葉は柔軟性に欠ける

・ソクラテス式問答法;言葉に対する独特の考え方;

 書き留められた言葉は”死んだ会話”;反論を許さない、柔軟性に欠ける沈黙

 話し言葉は”生きている言葉”;吟味と対話によって、明らかにしていくことができる動的実態

・ヴィゴツキー『言語と思考』;言葉と思考、教師と生徒の生成的な関係;子どもの言葉と概念の関係の発達には、社会的相互作用がきわめて重要な役割を担う

・ヴィゴツキーは、自分の思考を書くというプロセスそのものが思考の洗練と新たな思考法の発見につながることに気づく

・書字のプロセスは、対話を一人の人間の内面において再現できるもの

 正確な書き言葉で考えを記録しようとする書き手の努力の中には内的対話が含まれている

・書字がまだ、あまりにも未熟だったため、ソクラテスは、書記言語の対話能力を経験できずに終わってしまった。

・21世紀のコミュニケーションにおけるインタラクティブな次元の対話能力;”反論”する能力はさまざまな形

・ソクラテスの懸念;書かれた文章が真実と誤解される可能性;コンピューターからの情報を吸収しているが、理解しているとは限らない


 ○第二の反対理由ーー記憶を破壊する

・リテラシーは、記憶と個人の知識の内面化に変化をもたらす;リテラシーは個人の記憶への負担を軽減し、文化的記憶を大幅に増加する

・ソクラテスが口承文化を尊重したのは、個人的知識の基盤を形成するのは、暗記するという非常な努力を要するプロセスであり、基盤は教師との対話の中で磨いていけるという信念

・ソクラテスの結論;書記言語は記憶の秘訣ではなく、記憶の破壊をもたらしうる

・文化的記憶を保存するうえでは書字のほうが有利だが、個人の記憶力と、それが知識の吟味と具現化に担う役割とを保つことが重要

・暗記;教育の一環で当たり前のことと思う;現代の私たちは、文章をきちんと暗記するよう要求される機会をほとんど持たない。

・現代の子どもたちと、古代ギリシャの子どもたちの言語と長期記憶を結ぶ脳の経路にはどのような違い?

・記憶力は私たちの人生にいかなる場所を占めているか?


 ○第三の反対理由ーー知識を使いこなす能力を失わせる

・ソクラテスが恐れていたのは、読字ではなく、過剰な知識がもたらす結果;表面的な理解しかできないこと。

・教師や社会の指導を受けずに得たリテラシーが、知識への危険なアクセスを許してしまう

・コンピューターの、即時性、無限の情報、バーチャル・リアリティーは、知識と徳の脅威になるか?

 好奇心は、浅薄な情報によって満たされる?知識欲につながる?

 継続的な注意力の断片化と多重課題(マルチタスク)に、言葉、思考、真実、および徳の、掘り下げた吟味は広く根付く?

 高画質の動画で学べるようになっても、言葉や物事や概念の本質は重要?

 リアルな画像を見慣れた子どもたちの想像力は乏しくなる?

 視覚的に描き出されるもので、それの真実ないし現実を理解していると思い込む?

・私たちは、言語を使いこなす能力を失いつつあるように思えてならない。

・ソクラテスが、リテラシー普及を阻もうとする戦いに敗れた理由2つ。

 1.書記言語の能力が完全に開花した姿を見られなかったこと

 2.新しい形のコミュニケーションと知識が登場する前の状態には戻れなかったこと

・ソクラテスの真の敵は、文字を書き留めることではない。私たちが言語の多様な能力を吟味せず、”持てる知力を尽くして”使いこなそうとしていないことに対して戦いを挑んだ。

・サンスクリット語の学者も、書記言語を非難している。言語分析を省いてしまいかねない文書に依存することに疑念を抱き、糾弾した。