「サンタが街にやってくる」2008/12/24 17:58

本当に本当に推敲もままならずお目汚しではずかしいのですが、怒濤のレシピに隠れてこっそり更新。テーマは「サンタクロースという仮想の切実さ」であります。さぁ、ホントに仮想は切実なんでしょうか。


「サンタが街にやってくる」

僕は、娘へのクリスマスプレゼントを買うために、久しぶりに新宿で電車を降りた。夕方の繁華街はどこも人ごみでほこりっぽかった。もう少ししたらイルミネーションが輝き始め、人々はそれを見上げるのだろうが、今は誰もが寒風を避けるために、つま先を見つめて歩いている。

学生時代に通った道は新しい舗装に変わっていたが、周囲の建物も信号の渋滞も、以前と同じままだった。ぼんやり明るいレストランの窓辺に古くなった文字を見つけたとき、ふとその前を歩く二人を思い出した。一人は僕の親友、いや、親友だった人物だが、今ではなぜか顔も思い出せない。もう一人は、その恋人。彼女が首に巻いていた白いストールと、青みがかったピンク色の口紅。それは今もまだそこにあるみたいに鮮やかだった。彼女のまなざしの先には、親友ではなくて、この街があった。その街の中に、僕は入っているのだろうか。

彼女は、僕が親友に紹介したのだった。僕にはある事情があって(想像するまでもないが)、彼女のことをかなり気に入ってはいたのだが、いや、ほとんど憧れに近いような気持ちを持ちかけていたが、親友に紹介するということで、僕自身の立場を危うくしないことに決めたのだ。事はそのまますんなり運び…運んだように見えたが、たぶん僕一人が、あの日の帰り際に彼女のまつげに光っていた涙を忘れられないだけなんだと思う。彼女は夜空を見上げてこう言った。「これなら、また近くにいられるね」と。それから普通に電車に乗って、笑顔で手を振って帰って行った。僕はホームのベンチで、タバコ3本分考えてから、その言葉を忘れることに決めた。

そんなことを思い出しながら歩くうちに、デパートのおもちゃ売り場に着いた。そこは感傷のかけらもなく、すみずみまでが明るく光り輝く世界。あらゆる陽気な音が重なり合っている。目的の品物を探して配送の手配をし、さらに僕からのプレゼントも選んで包装してもらっている間に、さっきの続きを思い出そうとしてみたが、どうしても「そこ」には戻れなかった。彼女も今頃、家のクロゼットの一番奥に、こっそりと包みをしまっているのだろうか。そしてその中に入っているのは……。

電車に乗ると、ちょうどラッシュアワーの人混みで、包みを抱えているのが一苦労だった。しかし来年の今頃は、二つの包みを持つことになるんだぞ…と思うと、それはそれで幸せな考えと呼べそうな気がした。汗だくで悪戦苦闘しながらそれでも幸せになっている僕を、彼女はちゃんと知っていて、くすくす笑っている、という思いがふとやって来て、そして、静かに去っていった。遠くでかすかな鈴の音がした。

コメント

_ おうばっちゃん ― 2008/12/24 20:37

ひぃぃ・・・
恥ずかしながら小学校6年生までサンタの存在を
信じていましたww

鈴の音は確かに今でも聞こえます♪

_ おっちー ― 2008/12/25 01:34

 切ないけどすごく温かい、クリスマスにぴったりのお話ですね。

 すっと読める部分と、込み入っている部分との幅が大きい文章だな、という印象を受けました。

 最後までスッキリ読めなかったのは4段落目の後半。
 プレゼントというキーワードで「僕」と「彼女」が繋がっている感じがするのですが、「彼女」の今の状態が読者には分からないので、読んでいて想像がふくらみきりませんでした。
 この作品においては、「彼女」の現状が分からないことは魅力にもなるので明記する必要はないのですが、「彼女」のプレゼントが「誰宛て」なのかくらいはホンワリと匂わせてもよかったのでは?という気もします。

 ……なんて書かれると、文章塾に戻ったような気がしませんか?(笑)

 最後に全体を通しての感想、「すごく力の入った、良い作品だと思います。」

 これがどうなるのか楽しみです♪

_ いづみ ― 2008/12/25 10:17

>おうばっちゃん
今でも信じたいところもある(笑)<サンタさん
自分がサンタクロースみたいな(^-^;

>おっちーさん
文章塾、また修行に行きたいなぁ。
作品を仕上げる自信もコメント期間をもちこたえる気力もまったく目星がつかず(^-^; でもまぁ焦ることもないかな~とぼちぼちいきます。

ドストのカラマではありませんが、これ、最初はプチ3部作の予定で書き始めたのであります。第2部・第3部は構想だけがあってまだ全く白紙。今日がクリスマスなのに!あうあう。まぁ来年のクリスマスまでに(笑)

_ ヴァッキーノ ― 2008/12/25 18:44

恋って複雑ですね。
でも、ボクはもうその恋の感覚をすっかり忘れちまってるんです。
恋って、単純に「ときめき」なんていうカギカッコではくくれない、めそめそしたものじゃないですか。
だから、クリスマスが楽しいイベントになったり、切ない思い出になったりするんでしょうね。
このお話は、夏目漱石の三四郎から、それからに続くような感じの恋愛模様ですね。
いい感じです。

_ いづみ ― 2008/12/28 09:59

>ヴァッキーノさん
いわゆるトキメキなど求めなくても楽しく暮らせるのは
幸せな証拠かも?
賢くなっただけ?
と思ってみたりする今日この頃(意味不明)

夏目漱石の恋模様は病んでますね、そのねじくれ方が
かなり好きなのであった、
なんていうと、正当派漱石読みにお叱りを受けそうですが(^-^;

_ (未記入) ― 2008/12/30 12:01

メタボなサンタです。
じっくり読むと、余韻があっていいですね。
人生の選択って「白か黒か」ではなく、どこかグレーだったり透明だったりしますよね。
そんなところがすごくよく顕れていると思いました。

ブログの文章塾などで「書いてあることが読み手にわからない」というコメントがありますが、
ケータイ小説と手にとってページをめくりながら読む小説の違いではないかとも考えます。
メールやブログではじっくり読むことより、早く伝えることが主目的となると思います。
行間の感情とかアイロニーや逡巡などが、絵文字や簡略語、仲間内の符牒で表現されることになります。
蕎麦を口に運ぶまでのわずかな時間を、延々と数十ページにわたって描かれると、携帯やPCの前にいる読者には、最初の情景はもう記憶に残ってないですよね。

ドストのカラマなどはケータイで読んだなら悶絶死まちがいなしです。

フロントページにキャッチーなコピーを羅列して、階層的に深い内容を書いていく方法が、今後のインターネットを利用した小説技法になるような気がします。
まあそれが面白いかどうかは、われわれの世代には評価できない気もいたします。

作品を仕上げる時間が不足しているとのこと、
ジェイちゃん、エルちゃんにお話しをしているときに、ICボイスレコーダーで録音しておくと、何年か後にとてもすばらしい作品の主材料になっていると思います。
仕上げるのは時間と経験がそつなくこなしますが、
アイデアや感情の起伏、相手の微妙な反応にアドリブで答える才能は、その時期にしか生まれ得ないものもあります。

多分いまは熟成の期間でしょうから、仕上げはあとまわしにして、いろんなものが複合的に発酵して出来上がってくるのを、当事者として楽しみながら見つめていくのが一番かと思います。

「誰かに伝えたいこと」が、スパークリングワインの泡に過ぎないかもしれませんが、それが一番輝いている”余計なもの”だとも思っております。

来年もよろしくお願いいたします。

_ いづみ ― 2008/12/30 20:50

コメントありがとうございます(^ー^)

久しぶりに文章塾っぽい脳内配置で書いてみたのですが、
…全然さえなかったです(笑)あちこちが固まってます。
やっぱり積み重ねのトレーニングなんですねぇ、と実感。

確かにネットに書く文章にはネットなりの得意技が
ありそうですね。
トップダウンに進めていく、というのはなかなか合理的です。
そのよさと欠点を織り交ぜながら遊んでみたら、なかなか
新しいものができるかもしれない、とふと思いついてみました。

相手の微妙な反応にアドリブで応える、というのは
今現在が人生最大にその技を磨いているかもしれません。
コミュニケーションの基礎については非常に勉強になりました。
そのおかげか、表現するということに迷いが減った気がします。
一つ不自由でも、同じくらい大切な別の何かを得ることは
できるものですね。

こちらこそ、どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

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