第4章 読字の発達の始まりーーそれとも、始まらない?2010/10/08 10:39

【第4章 読字の発達の始まりーーそれとも、始まらない?】

●小児期を分ける二つのシナリオ

・子どもの脳は、思うよりはるかに早い時期から文字を読む準備を始める。幼児期に得た素材(知覚、概念、単語)を余すところなく活用する。

・脳の汎用読字システムを構成することになる重要な構造物すべての使い方を学ぶ途中で、人類がひらめきを得るたびに獲得してきた、書記言語に対する洞察を取り込んでいく。

・子どもが親や好きな人の朗読を聞いて過ごした時間の長さは、数年後の読字レベルを予測するよい判断材料になる。

・二つのシナリオが物語る、二つの小児期

●第一のシナリオーー早期リテラシーの大切さ

・読み聞かせるという行為を愛されているという実感と結びつける。

・『おやすみなさい、おつきさま』の魅力

・エマージェント・リテラシー(編注:エマージェントは創発と訳されることが多い)(または早期リテラシー)の長期にわたるプロセスの理想的な発端となる。

・書記言語を耳で聞くことと、愛されていると感じることの結びつきは、長いプロセスのかけがえのない基礎。


○名前の気づきと認知システムの大きな変化

・絵に対する理解力の向上。

・発達の基礎は、視覚システム(完全に機能)、注意システム(成熟まで長い道のり)、概念システム(日々飛躍的な進歩)。

・初期言語の発達の段階(識字の最も重要な前段階);同時に名前があるという重要な洞察を得る。

・ラベリングを始める。最初は自分の世話をしてくれる人々。

 すべてのものに決まった名前があると気づくのは生後18ヶ月ごろ。

・この洞察は特殊である。

 2つ以上のシステムを接続して何か新しいものを作り出すという脳の能力

 視覚、認知、言語システムからの情報を接続、統合する能力

 音声言語システムを概念システムに接続

・本の内容が大きな役割;話しかけられる機会が多いほど音声言語を理解、読み聞かせてもらう機会が多いほど言語すべてがわかりやすくなる

・音声言語と認知と書記言語の結びつき

 認知科学者ケアリー;新しい単語をどのようにして習得しているのか?;ザップ・マッピング

 2~5歳の子どもは、新しい単語を1日平均2~4語覚える。;幼児期の数年で数千語;”言語の才能”の素材

・音声言語のさまざまな要素

 音韻の発達;単語は音によって構成されているという洞察の下地

 語意味の発達;語彙の増加は意味を理解する力を向上させ、言語の成長を全面的に促す

 文法、統語の発達;複雑になる文章を理解するための下準備

 語用の発達;自然な文脈のなかでの言語の社会・文化的”規則”を汲み取って使いこなす能力;書物に出てくる状況で単語をどう使用すればよいか理解する基礎


○物語は他人を理解する能力を養う

・”言語の天才”と呼ぶにふさわしい、3歳半の女の子を想定。

 物語は、言葉と結びついている感情を伝えるものだとすでに理解

 情動の発達と読字の相互関係

・小児期に学ぶことのできる最も重要な社会的スキル、情動スキルおよび認知スキルの一つ;他人の考え方を受け入れる能力の基盤が形成される。

・ピアジェ;3~5歳は自己中心的。他者の考えを思いやる能力の発達に時間がかかる。

・ローベル『カエルくんとガマくん』;他者理解、思いやり、助け合い

・マーシャル『ジョージとマーサ』;思いやりのあるよい友達とは

・プルースト;書記言語によるコミュニケーションの神髄


○書物がもたらす豊かさ

・書物には、何度読んでも同じ、長短の単語がぎっしり詰め込まれている。

・書物には独自の表現がある;書物に用いられている特殊な語彙は、音声言語には登場しない

・平均的な5歳児の多くが獲得する語彙は1万語;主な獲得源のひとつは書物

・書物の表現に見られる統語、つまり文法的構造は、日常語と無縁。;認知の柔軟性と推論

・読字研究者ヴィクトリア・パーセル・ゲイツの研究;

 読むことのできない5歳児の2群。

 1群には、研究前の2年間、十分な読み聞かせ(週5回以上)

 課題1,誕生日などの個人的な出来事について話すこと、課題2,人形にお話の本を読んであげているふりをすること

 十分な読み聞かせ群は、書物特有の表現を多用、洗練された統語形式や長い言い回し、関係詞節;

 多用な単語の意味と統語形式を使いこなせる子どもたちは、他人の音声言語と書記言語を理解することにも長けている;読解スキルの基盤

・社会言語学者チャリティーとスカーバラの研究;

 標準英語以外の方言や言語を話す子どもたちにとっては、文法の知識が重要な役割を果たす

 文法の知識が最終的な読字習得を予測する材料になる

・書物の表現の特徴;比喩的な言葉遣い;”リテラシーの技巧”の理解

 語彙スキルだけでなく、認知的に複雑な類推の使い方も身につける

 『ひとまねこざる』;空の上から眺めると”家はおもちゃのようだし、人は人形みたい”大きさの比較や奥行きの認知を含む

・理解力の向上;”昔々”はおとぎ話が始まると告げるキュー。

 物語のタイプはせいぜい数百種;”スキーマ”を身につけるための不可欠な要素

 自己強化のスパイラル;理解しやすい物語;記憶に残る;獲得しつつあるスキーマに貢献;スキーマの発達が他の物語の理解を促す;読字に役立つ基礎知識が拡大

・シナリオ予測能力;推論スキルの発達の一助;

・就学前の読書期の準備としては、たくさんの本を読み聞かせるだけで十分?;読み聞かせは読字準備の一環にすぎない

・読字発達を予測するもうひとつの判断材料;文字を音読する能力


○対象物の命名と文字の音読

・書物の表現に慣れると、活字の視覚的な細部まで敏感に認識する能力を発達させ始める。

・活字になった単語が特定の方向に並んでいることを発見。

・文字のいくつかを識別。

・子どもは視覚的分析のレベルで学習;漢字弁別課題 

・アルファベットの各文字の、些細だが際だった特徴が情報を伝えるものであること、文字は特徴の規則的なパターンによって構成されていることを学ぶ。

 高度な知覚スキルを要求する課題

・文字の習得を容易にするのは、パターン不変性の認識のスキル;いくつかの視覚的特徴は変化しない;新しいことを学習しようとするときには、最初から不変な特徴を探す

・文字を音読しようとする子どもの最初の取り組みは、”対連合”学習の域;すぐに文字の習得が始まる

・ケアリーのいう、数字を学習するときの”ブートストラッピング”に似ている。

 10まで数えることと、”ABCの歌”が、概念上の”プレースホルダー”リストの役割

 リストにある個々の数字や文字の名前が次第に書記素の形でマッピングされていくと、文字や数字がどういう働きをするものか見えてくる。

・幼い子どもの、対象物の命名と文字の音読を比較;リテラシー獲得前後の脳の変化;

 対象物を認識して名前で呼ぶ;視覚野を言語処理の脳領域と接続するために使用するプロセス

・大人が物と文字を命名するときの脳画像;最初の数ミリ秒は37野の紡錘状回を共有;

 ひとつの仮定;初期の文字音読は、読み書きを覚える前の子どもが行う対象物の命名に似ている?

 文字を個別のパターンないしは表象として認識できるようになると、ニューロンの特殊化がどんどん進み、必要とする脳領域が減少。

 対象物の命名と、文字の音読は、脳が読み書きできるようになるために行われる再編成の最初の2章

・哲学者ベンヤミン;命名は人間の最も本質的な行為

・視覚的に提示される抽象的な文字・シンボルの名前を検索する能力は、読字の前段階であるとともに、読字レディネス(準備)がどれほどできているかを予測する判断材料

・私の研究グループが長年続けている研究;幼児期の対象物に命名する能力と、成熟してから獲得する文字音読する能力は、成長につれて残りの読字回路がいかに効率よく発達するかを予測する手がかりになるという結論

・文字音読できるようになる年齢は、子どもによっても文化によっても大きく異なる。

・文字の名称がわかりそうだと思ったら、何歳であっても、親は手を貸すべきだ

 活字環境(子どもを取り巻く環境に存在するなじみ深い単語や標識)を読むことにも同じ原理。

 読字のこの段階は、子どもの発達のおける”表語文字”の段階。概念とシンボルの関係。


○幼児にはいつから文字を読ませたらよいか?ーー早すぎると逆効果も

・早期に読み方を教えるべきか否か?

・親が子どもたちに文字を読ませようとする年齢がどんどん下がっている。

・人間の生物学的スケジュールという問題;ニューロンの軸索のミエリン化;脳の領域によって異なる。

 感覚領域、運動領域;5歳になる前にミエリン化、独立して機能

 視覚情報、言語情報、聴覚情報の主要領域(たとえば角回);5~7歳になるまでミエリンの十分な発達は見られない;男児の中には特に遅い子どももいる

・子どもの脳が読字に十分な発達を遂げる時期は、さまざまな言語で裏付けられる。

 読字研究者ゴスワミ;3種類の言語;5歳で読み方の勉強を始めさせられたヨーロッパの子どもたちの読字能力は、7歳から始めた子どもたちに比べて劣る

 4,5歳に達する前から子どもに読み方を教えようと努力しても、生物学的に時期尚早であるどころか、逆効果を招くおそれもある。

・読字レディネスには例外も付きもの。早くから読む子もいる。


○字を書き始めるきっかけーー型破りな規則

・5歳になる前には、読字教育をしなくても、発達に適した出来事が起こるはず。

 詩を書いたり、朗読を聞いたり;音素を聞き取る(そして分割する)能力を高める。

・見よう見まねで文字を書く;落書きの”アート”;自分の名前にふくまれている文字に活字という概念を持ち始めた様子;独創的に使って綴る他の文字

・文字は単語に含まれている音に対応する;ひとつの文字が表す音と文字の名前は同じではない(編注:英語の例);これまで見落とされていた概念

・4歳と5歳の未就学児;シンボルによる表象を学ぶ

 活字になった文字は話し言葉を表すもの;話し言葉は音によって構成されている;文字はそれらの音を伝えるもの

 この認識が書字を始めるきっかけ

・彼らは自分の書いたものを読めるのか?;たいていは四苦八苦する;読むつもりはある。


○音素の認識と賢いマザー・グースーー音楽的トレーニングの可能性

・幼い子どもたちは、同じ音の単位でも、大人のようには認識しない。

・文の中のひとつの単語を認識;単語の音節を把握;単語に含まれる音素を分割

・個々の音と音素を認識するのは、読み書きの修得の重要な要素であり副産物である

・言語音の認識;アルファベットの最も大きな効用;後の読字習得の達成度を予測するための2大判断材料の片方

・もう一つの判断材料は、早く音読できるようになること

・書字のほかに、音素の認識を発達させるための一助;マザー・グース

 頭韻、脚韻、反復など。

・ペアになった音を聞き分けるようになると、単語の内部構造をさらに小さな構成要素に分割し始める。

 頭音と尾音を聞き分ける。

・ブラッドリーとブライアントの研究;

 未就学児4群;2群は4歳の時から頭韻音と脚韻音に重点を置いた訓練プログラムを受けていた;うち1群はマッチしていた文字を目で見て確かめさせた

 数年後に全員をテスト。訓練を受けた子どもの音素認識力が群を抜いて発達;読字を易々と習得;視覚的に確認した群は最高のできばえ

 ”言語の才能”の育成は、童謡の詩でもおこる

・発達の表面下では何が起こっている?

 可能な限り最も楽な方法;頭韻と脚韻に注意を払い、音を分類する方法によって、分析的にとらえる;音をマッチする文字(視覚的表象)と結びつける

 脚韻の旋律、リズム、韻律を聞くために用いるスキルが”音素認識スキル”を伸ばす

・言語の音韻的側面の発達についての研究

 言葉のやりとり、ジョーク、歌に含まれている脚韻、頭音および尾音と計画的に戯れさせることが、子どもの読字レディネスに大きく貢献

・リズムパターンの生成などの音楽的トレーニング自体も、音素認識をはじめとする読字発達の前段階の向上に役立つ可能性

 リズムと旋律と脚韻をベースにした早期読字教育への取り組みを考案したい


○幼稚園は読字の前段階を統合する場所

・幼稚園で読字の前段階の統合

・ここ数年で、音素認識スキルの発達を促す系統だった手段が広く利用できるようになった。;一見単純

 子どもが難しい言語の概念を学習するには役に立つ。概念は3つ。

 1.音とシンボルのあいだには1対1の対応が存在する

 2.文字には名称がある上に、個々の文字は一つの音または一群の音を表している。

   逆に、個々の音は一つの文字、ないしは複数の文字によって表される。

 3.単語は音と音節に分割できる

・読字研究者モーツ;これら3つの原理を、読字教育と、融合をはじめとする初期読字スキルの発達に盛り込むことが重要


●第二のシナリオーー恵まれない読字環境

・環境との豊かな相互作用があればこそ、認知スキル、言語スキル、知覚スキル、社会的スキル、情動スキルが最も大きく伸びる。

・文字に触れる機会が少ない子、他の文化圏から移り住んできた子、他の子と違う反応の子はどうだろうか。


○語彙の貧困と”夕食時の語らい”

・リテラシーの経験がほとんどない環境で育った子どもたちは、小学校の低学年になった時には、すでに遅れを取り戻そうとしている状況にある。

・リズリーとハートの研究;貧しい言語環境で育った子どもの中には、5歳までに話しかけられる単語の数が中産階級の平均的な子どもより3200万語も少ない子どももいる。

・3歳で口にする単語の数を調べた研究;貧しい言語環境の子どもが使う単語の数は、恵まれた環境にある子どもの半分にも満たない。

・家庭にある本の数の研究;種類は関係ない;恵まれない層は1冊もない;低所得~中間所得層は平均3冊;裕福な家の層は200冊

・心理学者ビーミラー;幼児の語彙レベルの低さがもたらす影響を研究;

 入園時の語彙レベルが最下位4分の1の子ども;小学校6年までには、平均的な子どもとの語彙と読解力の差は、ほぼ丸3学年分にも広がる。

 語彙発達とその後の読解力とが相関している

・平均的な家庭は、言語の正常な発達に必要なものを何でも子どもに与える機会が十分にある場所。

・教育学者スノーたち;リテラシーのスキルの初期の発達の研究;

 リテラシーの教材と並んで、後の読字に大きく寄与するもののひとつ;”夕食時の団らん”に費やす時間の長さ

・初期の言語発達で大事なこと;ただ話しかけること、読み聞かせること、子どもの言葉に耳を傾けること

 多くの家庭においては(経済的に恵まれているか否かにかかわらず)子どもが5歳になるまでに、この3つの基本的な要素さえ十分な時間をかけられないというのが現実

・関係各者が協調して取り組めば、比較的小さな努力でも、就学前の数年間を”戦場”ではなく、言語発達の可能性を秘めた豊かなものにすることができる。

 一連の予防接種、”夕食時の語らい”に関する説明、本の無料配布、など。

 幼稚園に入る前のすべての子どもたちの均等な機会は、実現が難しいものであってはならない。


○中耳炎が言語発達に及ぼす影響

・均等な機会の大きな障害になっているもののひとつ;幼児の中耳炎;小児科で最も多く見られる疾患

・毎日2~4語を習得している幼児が中耳炎の治療を受けていなかったらどうなるか?;認知の混乱;語彙習得に時間がかかる

・中耳炎を治療せずに放置すると、語彙の発達と音韻の認識という、識字の最も大切な前段階のうちの2つに影響がおよぶ。;読字障害になる可能性が高い

・中耳炎は、一時的な不快感よりも深刻な結果をもたらす


○バイリンガルな脳と外国語学習への準備

・入学と同時に英語を学ばせようとすることがもたらす影響

・バイリンガル能力と二言語学習の重要な原則3つ

 1.母国語の概念や単語に関する知識があって英語を学ぶ者;第二言語(外国語)として”学校で習う”英語に知識を応用する術を身につけやすい

   母国語を習得する環境に恵まれていない子どもたち;母国語はもちろん、第二言語のための認知の基盤も言語の基盤も持ち合わせていない

 2.英語の読み方を学ぶ上で、英語という言語の発達の質以上に大切なことはない;

   英語は初めてという状態で入学してくる子どもたちは、音素そのものを知らない。

 3.バイリンガルになる年齢;早ければ早いほど、音声言語と書記言語の発達にとって有利(3歳前)

・しかし、二言語学習に付きものの複雑な問題もある;自尊感情、文化社会の一員としての立場、子どもが自覚する有能感、読字に及ぼす影響

・母国語を習得できる環境にあった子どもは、なじみ深い単語や概念を第二言語のそれと結びつけるのに役立つ。

 そうでない子どもの場合、入学と同時に第二言語を学ぶとなると、認知・社会・文化面の影響に押しつぶされてしまうことになりかねない。

・それぞれの子どもに適した指導に地域ぐるみで取り組む。

 いかなる言語でも、読字は成長につれて発達していく。

 一人一人の子どもたちを育む準備を整えなければならない。