第5章 子どもの読み方の発達史ーー脳領域の新たな接続 ― 2010/10/11 14:59
●私の”マドレーヌ”を探して
・プルースト『失われた時を求めて』は、」マドレーヌの味によってよみがえった記憶をきっかけにした物語
・筆者自身のマドレーヌは何だったろう?;本当の意味で、初めて文字を読んだ時の記憶を呼び覚ましてくれるもの
●文字を読む発達のプロセスーーそれは奇跡のような物語
・引用の3つの文章;これらの女性作家たちは、時代、場所、文化を越えて、新米の愛読家とつながる一つのテーマ;本の中に存在するパラレルワールド
・筆者の体験;本に夢中;熱心な読字指導者
・読字学習;発達のプロセスに満ちた奇跡
・初期の読字を研究すれば、文字を読むという人類が成し遂げた偉業の基盤を垣間見ることができる
音韻の発達;単語を構成している小さな音を聞き取り、分割し、理解;文字の音の規則を把握・理解する能力に影響
綴りの発達;書記体系がどのように音声言語を表すか;文字の特徴、一般的な文字パターン、
”サイト・ワード(読み方を発音と関連づけるフォニックスの規則に従っていないため、目で見て覚えるしかない単語。have, three, one など)”
活字の視覚的側面に加えて、新しく覚えた単語の綴り方
語意味と語用の発達;自分を取り巻く言語と文化から、単語の意味に関する知識を増やしていく;単語を認識・理解する能力が向上;スピードもアップ
統語の発達;文の文法的な形式と構造を学ぶプロセスで、文、パラグラフ、物語を構成するための単語の使い方を理解;
文脈の中で事象が相互にどう関係しているか
語形の発達;単語がより小さな意味のある基語と意味の単位(形態素など)からどのように形成されるかという慣例を学ぶ;例 un-pack-ed
・こうした発達が足並みをそろえて進めば、
単語を構成する部品の初期認識が高まり、
解読や綴りが容易になり、
知っている/知らない単語に対する理解力も高まる。
書かれた文字に触れる機会が多いほど、言語全体に対する暗黙的な理解力(意識せずに獲得)と明示的な理解力(原理を説明できる)は向上。
この点では、子どもはシュメール人に近い。
・読字研究者チャル;読字習得は秩序だった一連のステップを踏んで進む
・初期の読字は、個々の構成要素を識別することができる時期
●読字発達にかかわる5つのタイプ
・読字者のなかで起こる段階的な発達のダイナミクスの変化;暗号解読から完全な自律性を獲得した熟達した読み手まで、順を追ってまとめる
・本章&第6章で、5タイプの読み手を紹介。
①まだ文字を読めない子ども
②読字初心者
③解読に取り組んでいる読み手
④流暢に読解する読み手
⑤熟達した読み手
・ただし、すべての子どもが同じように進歩を遂げるわけではない
●まだ文字を読めない子ども(編注:①)
・生まれてから5年の間に、たくさんの音、単語、概念、イメージ、物語、活字との触れ合い、リテラシーの教材、普通のおしゃべりなどのすべてのものからサンプルを集め、学んでいく。
・この時期について得られる最大の洞察;読字は誰にとっても決して偶然の産物ではない
●読字初心者の段階(編注:②)
・読字初心者の課題;活字を解読し、解読したものの意味を理解することを学ぶことから始まる;
・部分的な概念から確立された概念へと移行する知識の連続体に沿って発達;
初めて読字に取り組むときはアルファベットの原理の基礎となっている概念を一部しか理解できていない
・読字初心者にとっての最大の発見は、文字は言語の音と結びついているという概念を徐々に固めていくこと;アルファベットの原理の神髄
・次に学ぶのは、解読に適用される書記素と音素の対応に関するあらゆる規則;発見も必要だが、ほとんど努力次第
・この両方に役立つのが、3つの暗号解読能力;言語学習の1.音韻、2.綴り、3.意味の領域
○音韻・音素の認識の発達
・話し言葉の流れに含まれている大小の音の単位を聞き分け始める。;句に含まれている単語、単語に含まれている音節、単語や音節に含まれている音素
・初心者でも大きな単位を聞き分けて分割できる。やがてもっと小さな単位(音節と単語に含まれている音素)。
この能力が、読字学習の成否を予測する最良の判断材料のひとつ
・ジュエル;小学校1,2年で単語解読を身につけるには、幼い時期の音素認識がきわめて重要
読字能力の低い4年生の88%は、1年の時、単語読解力に難があった
教師たちは、童謡、音を手拍子、書字、ダンスで表すゲームなどで、単語の音素に気づくのを助けている。
・音韻の融合には、個々の音を合成して、音節や単語などのより大きな単位を形成する能力が必要。;練習、読むことによって発達
・融合を理解させる取り組みは長い年月をかけて増加
教育者キュアトン;それぞれの子どもに文字をひとつずつ割り振って整列;音が融合して単語を形成する様子を”実演”;s-a-t が sat になっていく
・2つの重要な特徴を強調すれば容易に理解
1.頭音と呼ばれる音節の最初の音
2.尾音と呼ばれる音節の最後の母音+子音のパターン
まず頭音を教え、これに尾音を追加する
・読字障害児をはじめとする、多くの子どもたちの読字習得の妨げになっているのがこの融合
・読字初心者の音素認識と融合に役立つ有効な方法;”音韻レコーディング”;二部構成になっている動的プロセスのある朗読
音声言語と書記言語の関係を強く印象づける
独習のための”読字習得の必須条件”
・読字エキスパート、ファウンタスとピネル;朗読は、特定の子どもたちが読字の際によく使うストラテジーと、犯しやすい共通の誤りを教えてくれる。
・ビーミラー;幼い読字初心者は、短絡的で予想しやすい、3つの段階を経る傾向にある
1.意味と統語では適切、音韻と綴りで元の単語と類似性が見られない読み違い(father を daddy)
2.綴りは似ているが、意味的な妥当性がない間違い(house を horse)
3.綴りの面でも意味の面でも妥当性のある間違い(ball を bat)
優れた読字能力を獲得する子どもは初期の段階で足踏みせず、さっさとと通り抜けてしまう
○自動化できるようになる表象への変換
・伏せ字のダッシュ記号;視覚的慣例を丸ごと習得;
視覚的な文字のパターンと頻繁に用いられる文字の組み合わせとを、自動化できるようになる表象に変換する必要がある。
・綴りの慣例の学習は1段階ずつ;
単語は行の左から右へ、文字は単語の左から右へと読む
パターンの不変性;どんな書体で書かれていても同じ文字
英語特有の文字パターンで音を伝える独特の方法;
大多数の単語は子どもの音韻の知識でも解読できるが、そうでないものもある;”サイト・ワード”
・綴りの発達には、何回でも活字に触れることが重要
・神経学者バーニンガーら;一般的な視覚チャンク(グループとして処理できる情報の最小単位)を綴りの表象に置き換えるためには活字に触れさせることが重要
・英語の母音;5つの母音で10以上の母音を造り出す;丸暗記する以外に、意味と形態素について学ぶのもスピードアップに役立つ。
○”虫”がスパイになれる! 読字初心者の語意味の発達
・第1章の、認知科学者スウィニーの研究;単語を読むと考えられる意味が総動員される
・語意味の発達は、フォニックス提唱者が思うより重要だが、ホール・ランゲージの提唱者が思うほど万能ではない。
・語意味の発達における、3つの関連原理(以下◇印の項3つ)
◇意味の理解ーー読字指導における最大の誤り
・単語をようやく解読した子どもを見て、読んだものを理解しているはずだと思い込んでしまうことが誤り。
・語彙は単語解読を容易にするとともに、スピードアップするのに役立つ。
◇意味を引き出す力、文脈を把握する力
・臨床医・言語学者ケネディ;語彙は音声言語の中で、読字学習に”無料で役立ってくれる要素”
・読字初心者は、教科書が難しくなってくるにつれて、部分概念に”導出(意味を引き出す)”力と、”文脈把握”力が働きかけて、たくさんの単語を確立されたカテゴリーへと移行させる。
知っている単語のレパートリーを増やしていく。
◇意味の多義性への理解
・モーツの計算;言語的にめぐまれた環境のこどもとそうでない子どもの語彙の差は、小学1年までに約1万5千語
・読字初心者は、単語の表面的な意味よりはるかに多くのものを学ばなければならない。
・文脈によって異なる単語のたくさんの用途と機能についても、豊富な知識と柔軟な考え方が求められる。
・筆者の研究コーディネーター、ゴッドヴァルト;読字障害を抱えた子どもたちの多くは、英語の単語にはひとつでいくつもの意味があると知って、ぎょっとするらしい。
・幼い解読者は、活字になった単語も、ジョークやしゃれで使う話し言葉同様、複数の意味を持ちうることを悟ると、理解力を深める。
・単語の多義性という概念;読んだものから推論し、より多くの意味を読み取ろうという姿勢を読字初心者に植え付ける。
○読字初心者の脳ーー単語解読の基盤
・読字初心者が単語を目にしたとき、脳内で何が起こるのか(図5-1)
・子どもの読字でも、3つの脳領域が活躍
1.後頭葉(視覚野と視覚連合野)と紡錘状回;左右両半球の活動も、大人より活発。;上達につれ認知処理の負担が小さくなる
2.側頭葉と頭頂葉のさまざまな領域;左右両半球にまたがるが、左半球のほうが幾分活発;
特筆すべきが、角回と縁上回;音韻処理、視覚処理、綴り処理、意味処理の統合
側頭葉のウェルニッケ野;言語理解の中枢
3.前頭葉の一部、ブローカ野;左半球の重要な言語野
小脳(読字に必要な運動スキルと言語スキルのタイミングと精度の調整)と視床(脳の5層すべてを中継)
・元々は他の機能のために設計された脳領域が、スピードアップしながら情報のやりとりを行うことを学ぶにつれて、新しい接続を生み出していく能力が脳には初めから備わっている。
・これらの3つのニューロン分布域は、読字発達のすべての段階を通して、基本的な単語解読の基盤となる。
●”解読に取り組んでいる読み手”の段階(編注:③)
・解読に取り組む読み手と読字初心者の違い;
ポツリポツリト口ごもる読み方から、スラスラと、より滑らかで自信に満ちた読み手の声。
・韻律要素に対する注意力、理解するためにかける時間が長くなる
○”サイト・チャンク”と”サイト・ワード”が重要
・半流暢な段階では、解読できる単語を最低3000語は増やさなければならない。;一般的な文字パターンでは間に合わない
・母音をベースとした尾音と母音の対のやっかいなバージョンを覚える必要がある;例”ea”の多彩な発音
・単語全体の文脈の中で文字パターンについて考えれば、正規の規則に気づく
・半流暢な、解読に取り組んでいる読み手の段階では、入門レベル以上の単語を構成する文字パターンと母音の対の”サイト・チャンク(視覚的チャンク)”の豊富なレパートリーを獲得することが不可欠
○”解読”から、”流暢な読み”の段階へ(編注:④)
・2通りの小児期のシナリオを書き換えることができるのがこの段階。
・語彙の豊かな子ども;単語にひたすら触れること、新しい文脈から新しい単語の意味と機能とを導く方法を見つけ出すこと
・語彙が乏しい子ども;語意味と統語の発達が貧弱であることが、音声言語と書記言語に影響
流暢な単語認識を進めるのは語彙と文法の知識;明示的な指導がほとんど行われていない
・読みと綴りの歩みを進めるたびに、単語の中に存在するものを学ぶ;語幹、語根、接頭辞、接尾辞、など。
・形態素を”サイト・チャンク”として読むことを学ぶと、識字と理解がスピードアップする。;例、一部の形態素は単語の文法的機能を変化させる
・形態音素(形態素が発音を変えるもととなる音素)についての明示的な指導はめったにない。;例、”sign”と”signature”、黙示の存在理由も。
・形態論の知識は、流暢な読解力を育むために活用されることなく終わっている補助手段のひとつ。
○与えられた情報を踏み越え、考える時間が始まる
・流暢さは速度の問題ではない。
子どもが単語について知っている特別な知識(文字、文字パターン、意味、文法的機能、語根、活用語尾など)をすべて考えて読解する時間がとれるほど早く活用できること。
・流暢さを獲得するポイントは、(本当の意味で)読むことと、理解すること。
・自分が読んでいるものについて考えめぐらせることができるほどの速さで、音節を解読できるようになる。
・神経科学者カッティング;読解力の発達には、言語以外のスキルもいくつか寄与する
作業記憶;情報を一時的に保存して操作する記憶システム;文字や単語に関する情報を保持するための一時的な脳内スペース;
一時的とは、脳がその情報を概念情報と結びつけるのに十分な長さ
・読解力は、記憶などの実行プロセスや、単語に関する知識、流暢さと密接に結びついていく;相互に関連
・流暢さは読解力の向上を約束してくれるものではない;脳の実行システムが最も必要とされているところに注意を向けられる時間を延長するもの
推論し、理解し、予測し、時には矛盾した理解を修復して、新たに意味を解釈する時間
・ホワイトの『シャーロットのおくりもの』
・”与えられた情報を踏み越える”瞬間;考える時間がここに始まる
・この発達段階の子どもは時として、もう一度読まなければならないと思い知る必要もある
読み直すべき時を知ることは、”読解力のモニタリング”(by ロヴェット)の一部
メタ認知能力(文章で読んだことを自分がどの程度よく理解しているか検討する能力)に関する研究;
自分でストラテジーを変更できる能力;変更を促す教師の影響力の重要性
○感情は読解力を伸ばす
・感情の関わり;読書生活に飛び込むか、読字は他の目標に到達するための手段でしかないか、を分ける
・小児期の読解力の発達には、感じ、確認し、その過程でより完全に理解し、ページをめくるのがもどかしくなるといったことが、読解力を伸ばす。
・十分解読できる段階から、流暢に解読する段階へと移行する子どもには、さらに難しい読字教材に挑戦する意欲を起こさせる、先生や親の心からの励ましが必要
・感情の次元には別の一面もある;物語や本に完全に没入できる能力
・読書に熱中させるのも、流暢に読解する能力を育むのも、読むことによって導出される感情
最近のコメント