小さい秋(@文化の秋)、みつけたい。 ― 2008/11/07 16:40
ちょっとばかり文化的なスパイスを生活にかけてみるキャンペーン。 もしヒマがあったら毎日更新してみようキャンペーン。 いろんなキャンペーンを継続してみようキャンペーン。 各種よりどり実施中。
こないだまで細切れの時間に私何してたっけ?と思うに、ミシンかけをしてましたねぇ。ジェイのよだれかけや口ふきタオルを作ったりとか。エルのブルマーも作ったなぁ。ついに大物には至りませんでしたが。細切れ時間ソーイング仕様に、作業台の上にミシン2台を出しっぱなしでした。しかしまぁ生活のプチ見直しで、しまってみました。で、そこにPCを乗せて、細切れ時間に打ち込み。創作(おもに文章塾系)をしようと思うと、究極的には睡眠時間(もしくは子どもとまったり過ごす時間)を割くことになるので、いまは休止中。でもまた復活する予定。時期未定ですが。
物を作る、というのは楽しい作業です。自分の手間暇が投入されているという気分がなんともいえずよい。料理は1回完結ですが、ソーイングとか文章とかはちびちび続けて、完成したときの達成感もあるし。
私がエルに伝えたいと思っているのは、何かを作るということ。真っ当な手順をふめば、多くの物は自分で作ることができる。そういう感じを持ってもらえたらいいなと。自分の物や時間を自分で支配&管理しているという感じ。
…今の自分にとっても大事なことですねぇ。
「脳と仮想」もちょっとずつ読んでます。脳の中では、現実も仮想もそんなに変わらない。これを解放と見るか不安とみるか。解放と思えれば芸術家に、不安と見れば科学者になればよい。今の自分は、あぁそんな見方があったんだ、とあくまでも他人。平和ではあります。生活するってこんなにシンプルなことだったんですねぇ。
そのシンプルの中に普遍を見つけたい。そんな気持ちをときどき思い出すことにしよう。
算数についてやりたいことができました。「トイレに貼るだけで計算が得意になる(かもしれない)ポスター」だけでなくて、いっそのこと、ドリルまで作ってしまおうかと。当然と言えば当然の行き先なんですが(^-^; ←個人的メモとしてここに記す。
育児のストライクゾーン ― 2008/11/08 12:36
細切れ更新~。
二人目育児の相転移についてのメモ。
育児のキモはたぶん「見守り」であります。どこまでがOKか、どこから先は、いつ、どんな形で介入するのか?それを常に観察しつつ判断してる待機状態。プラス、自分の気力体力もウオッチすることが望ましい。
エルの時はこれが「線引き」って感じだったのが、ジェイの時は「ストライクゾーン」って感じになっております。つまり、観察および活動が立体化して広がりをもったということ。
ジェイもいろいろ無茶できて楽しそう。こちらとしてもだいたいのアウトラインは押さえてるので、気楽に省エネちっくに見守っております。これがたまーに油断につながるんだな(^-^; しかし「それでも」子は育つ。この生命力に感謝だ。でもまあ危険だけは最大限に避けておこう。
いろんなことを判断しつつ予測しつつ安全に執り行う、という点では、車の運転と似たところがあるのかもしれない。運転って性格でますよね。私は一応ゴールドですが、たまにプチな無茶します(^-^; そういえば教習所で受けた性格テストみたいなのはとても当たってると思った。あの膨大なデータは社会心理学の資料としては超一級なんじゃないかな。
プチな無茶でめげぬよう。さっと気分を切り替えて、ぼちぼち長持ちでいこうなり。
気力のない時の家事育児は「梅」で。「竹」がときどきあればそれでよし。「松」は年に数回でいいや~。
今日のお昼は塩むすび。「ろく助の塩」だとおいしいんだよー。
なぜ文章を書くのか? ― 2008/11/09 12:24
たぶんそろそろ文章を書きたくなってきたんだと思う。まとまっては書けないけれど、走り書きでも。広告の裏でも。エルの使い古しの折り紙の隅にでも。
自分の文章の指向性というものを考えてみるに、たぶん
「(今まで知らなかった人にも)裾野を広げたい」
という要素があることに気づいたのであります。そのために、できるだけわかりやすく(うーんあくまでも理想としてはね)、正直に、ありのままを書く、というのが目標であります。
筋トレ項目はいろいろあるとして(e.g.. 800字一本勝負、課題の有無、翻訳、とりあえず書くことを続けてみる, etc)まぁできることから。できることが限られているほうが、達成を心配せずにできるので、ある意味気楽かも。
美の探求とか、新しい世界の創造、というのとはちょっと違いますねぇ。あくまでも、いまここで起こっている何かのしっぽををつかまえること。What's going on ?
それはたぶん、かつての研究内容がそうさせることもあり(認知とか教育とか発達)、また、研究者としての夢破れ、故郷に帰って子どもやそれを知らない人にそのよさを伝える…というような代償作用もおおいにあるんではないかと。
でもね、夢を持ちながらも、フツーの生活とほどほどに折り合いをつけて生きていくのって、決してかっこわるいことでもないと思うのね。そりゃ、夢がかなって人にはできない何かを達成するのも悪くないけどさ。先につなげる、という方向性は、案外大事なんであります。
実は伝えたいのは、目の前の現象の中に確かに存在する、未来へのベクトル。どういう仕組みから出てきて、どこへつながるのか。どんなシステムのどの部分なのか。未来はわからない、だから、現実を丹念に見つめてその手がかりを拾うしかない…。私にできることはかすかな方向性を示すことだけ。
そして必要な技や知恵みたいなものはそれぞれにカスタマイズして身につけてもらう(笑)結局はそれが一番効率がいい。
究極的には、教育って、技や知恵を与えるだけではないと思うんだよって言いたい。声を大にして言いたい。じゃあどうすればいいの?って聞かれたら、目の前の現実の中にある、未来へのベクトルを示すこと、と答えるかもしれない(今は)。でも、それじゃ何のことかわからないよね(^-^; 私にもそれ以上はわからない。ただ、とても小さなことからやってみようとは思う。
みたいな感じで。あくまでもフツーに、生活するのでありました。ちゃんちゃん♪
と、駆け足でブログに向かうこと数日、やっぱりジェイの2回食+ミルクは大変(^-^;出かけることもできず、夜も思うように寝られず。エルは自分は何でもできるから余計なこと言うな期だし。
しかし、その閉塞感が精神的自由→文章書きのエネルギーに向かっているんだからそれはまぁそれでいいのかな。ムダに落ち込むよりは合理的であります。逃避逃避♪
気分がいいときは俳句で、ちょっと微妙なときは短歌がいいのかもしれない。
エプロンの 裾を引き寄せ 紐を解き 膝抱きつく子 芋をむく我
ごめんなさい もうしませんと 部屋出る子 足音やがて 鼻歌聞こゆ
わかるかと 叱ればすぐに わからぬと 答える瞳 我映し出す
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